第五章:歪みが零した異形(1)
「「「「「指定依頼?」」」」」
五人の声が重なった。
初めての迷宮自由探索を終えた数日後、まだその余韻が抜けきらない木曜日の昼。
昼食を終えたばかりの俺たちは、魔素拡声装置――校内に設置された拡声用の魔素機から流れた放送に呼び出され、教務室へと足を運んでいた。
俺、ニナ、イチ、ラミアール、そしてソニア。
教務室で待っていた担任のレイラ先生は、俺たちを見るなり一枚の紙を差し出した。
「あなたたちに、指定依頼が入ったわ」
それが、さきほどの反応だった。
レイラ先生は小さく頷く。
「前回、あなたたちが遂行した依頼の依頼主が、とても興味深いデータが得られたと喜んでいたそうよ。その結果、追加で観測装置を設置したいそうなの。……それで、どうしても“前回の学生たちに任せたい”と強く希望してきたわ」
「え、えへへ……褒められちゃったんですね、私たち」
ニナが素直に頬を緩める。
「まあな。あれだけやったんだ。当然だろ?」
イチが胸を張る。
「当然だ。当然だとも。我らの実力を正しく評価できる者がいるというのは喜ばしいことだ」
ラミアールも満更でもなさそうだ。
「別に、大したことはしてないわよ」
そう言いながらも、ソニアの尾はわずかに揺れている。
初めての依頼が評価された。
悪い気はしない。
だが――俺の中には、別の引っかかりがあった。
「俺たちに任せたい、ということは……もう一度、自由探索をしても構わないということですか?」
その問いに、空気が少しだけ変わる。
四人も、真剣な表情でレイラ先生を見る。
レイラ先生はゆっくりと頷いた。
「ええ。あなたたち五人の初回自由探索は、教師陣の間でも評価されているわ。実力面に問題はなし。パーティとしての連携も良好――監視役だった学院長が保証しているもの」
学院長――ハウゼンさんの顔が脳裏をよぎる。
「学園長が……そうですか」
ソニアの口元がさっきよりも嬉しそうに緩む。
俺の視線に気づいて、はっとしたようにいつものツンとした顔に戻ったが、その尻尾が忙しく動き回ることは隠せなかった。
本当、ハウゼンさんを慕っているというか何というか。
「というわけで、あなたたち五人に限って、再度の自由探索許可が下りたわ」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「よっしゃあ!!」
イチが声を上げた。
「じゃあ今週の土曜にでも――」
「ただし」
レイラ先生の一言が、それを遮る。
ぴたり、と空気が止まる。
不安げな視線を向ける俺たちに、先生は安心させるように微笑んだ。
「今回の許可は、あくまで“あなたたち五人が同じパーティであること”が条件よ。一人での探索、他の生徒との編成変更、誰かが欠ける場合は無効。二年生になれば制限は外れるけれど、それまでは我慢してね」
一瞬の間のあと。
「そんなの当然だろ!」
イチが即答する。
「うん! 私、このメンバーで行けるなら嬉しいです!」
「ふん。仕方あるまい。我が加わることで完成するのだからな」
「……まあ、別に異論はないわ」
四人の返答を聞きながら、俺も小さく息を吐いた。
この四人と共に迷宮へ向かうこと自体に、不満はない。
むしろ――それを望んでいる自分がいる。
俺はレイラ先生から渡された依頼書に視線を落とす。
――――――――――
【依頼】
場所: 白の地下聖堂
内容: 魔素観測装置の追加設置依頼。既存三か所への補助装置設置。
さらに第五層・第六層への新規観測装置および補助装置設置。
※既存の設置場所への補助装置の設置が必要なため、前回の依頼遂行者への依頼を求む。
期間:二週間以内。
※既設観測装置の魔素核が約二週間で枯渇するため、それまでに設置すること。
報酬:四万五千 聖貨
――――――――――
「……この前より、報酬額が三倍になっているな」
思わず呟く。
「あ、本当だ。依頼の難易度にしては、かなり奮発しているな。依頼人さん」
イチが感心したように呟く。
前回は一万五千聖貨だった。
五人で分けて一人三千聖貨。
今の時代で、貴族ではない一般平民家庭の一か月の生活費が五万聖貨前後。
一食あたりで一千聖貨が相場だ――と、報酬を受け取ったとき、ニナが教えてくれたことだ。
確かに、ただ設置して装置を起動するくらいにしては報酬が良すぎるように見える。
第五層、第六層に新規で装置の設置。
追加で設置するだけでこんなにも報酬が上がるのか?と疑問に思えた。
気にはなったけど、依頼人の事情まではわからない。
一旦それについては忘れることにする。
「その依頼書を持って探究館の受付へ行けば、前回同様に装置を受け取れるわ。説明は以上。質問は?」
俺たちは顔を見合わせ、小さく首を振った。
「それじゃあ、教室に戻っていいわよ」
「失礼します」
教務室を出た瞬間、イチが拳を振り上げる。
「また迷宮だ!よし! 今度こそ最深部までいくぞぉ!」
「イチ。君って奴は本当にぶれないな……言っておくが、今回も最深部に行けないぞ」
「また一緒に探索できるね、ソニアちゃん!」
「ええ。そうね……だからニナさん、くっつくのやめてってば……!」
相変わらず騒がしい。
だけど、それが段々心地いいと感じる俺がいた。
再び、迷宮へ。
思うところは色々とあるけど、今はこの騒がしい仲間たちとの探索を楽しむのも悪くないかもしれない。
・ ・ ・
蒼月第四巡、十七日の土曜日。
一週間ぶりに訪れた迷宮の入口は、前回より賑わっていた。
朝早いというのに、すでに複数のパーティが集まっている。
二年生、三年生の上級生パーティはもちろんのこと、俺たちと同じ一年生のパーティも二組確認できた。
以前、俺が編入した日に行われた模擬戦。
その勝者にのみ与えられた自由探索の権利について、他クラスの生徒たちから「何であいつらだけ!」という不満が出たらしい。
結果、同様に模擬戦を行い、勝者に自由探索権を付与する措置が取られた――と、道すがら耳にした。
俺たちのクラスと違い、最初から男女を分けず一名の勝者に権利が与えられたらしいが、細かい事情までは知らない。
いずれにせよ、今日が彼らにとっても初の自由探索であることに変わりはない。
監視役の教師が付いているのも同じだ。
期待と緊張が入り混じった表情は、どのパーティも似たようなものだった。
……それ自体は悪いことではない。
だが、これだけの人数が同時に迷宮へ入るとなると、何かと面倒も増える。
迷宮そのものは広大だが、通路となれば話は別だ。
階層によっては、人が二、三人横に並べば窮屈に感じるほどの幅しかない場所も珍しくない。
複数のパーティが同時に進入すれば、単独の時のように自由に陣形を組むこともできず、どうしても動きは制限される。
それだけではない。
魔獣の討伐、鉱石や薬草の採取、宝箱の発見――そうした成果を巡って摩擦が生じる可能性もある。
似た依頼を受けていれば、なおさらだ。
先週は、すでに上級生パーティが先に入っていたのか、迷宮の外でも中でも鉢合わせすることはなかった。
だが今日は違う。
入口の段階で、顔を合わせることになった。
そんな状況を、仲間たちの会話からぼんやりと把握しながら、俺は周囲を観察していた。
こういう場合、探索目的や到達予定階層、探索経験などを考慮して入場順を調整するのが通例らしい。
より深層へ向かうパーティが優先される。
結果として、自然と三年生、次いで二年生から入る流れになる。
一年生は最後尾だ。
とはいえ、俺たちはすでに先週一度迷宮を探索している。
そのおかげで、他の二組の一年生パーティよりは先に入れる分、状況はまだましと言えるかもしれない。
先に入ったパーティと次のパーティの間は、およそ十分の間隔を空ける。
俺たちが入口へ到着した時点で、上級生パーティが三組、そして一年生パーティが三組。
順番は四番目だった。
そして今、上級生パーティ最後の一組が迷宮の闇へと姿を消したところだ。
入口で待たされる間、半ば駄々をこねるように「早く入りたい!」と騒いでいたイチ。
今は待ち疲れたのか近くの草むらに寝転がり、豪快に寝息を立てていた。
他の面々も、それぞれ木陰や岩に腰掛けて時間を潰している。
俺は隣に座ったニナの手元に置かれた魔素導板を改めて眺めた。
先週の探索では、この板に地形を記録し、簡易的な地図を描き出していたのを思い出す。
薄く磨かれた板面には淡い光が走り、指先やペン状の魔素筆の動きに応じて線が浮かび上がり、重なっていく。理屈は理解できずとも、この時代の技術の洗練ぶりだけは十分に伝わってきた。
――先行パーティが入ってから五分ほどが経過した頃。
そろそろだな。
俺は立ち上がる。
「そろそろ俺たちの番だ。……おい、イチ。起きろ。待ちに待った迷宮探索の時間だぞ」
「うあん? 迷宮……? あ、迷宮……んん…………は? 迷宮探索!?」
寝ぼけた声を出していたイチが、次の瞬間には飛び起きる。
「よっしゃ! 危うく待ちくたびれて寝ちまうところだった!」
……いや、思いきり寝ていただろう。というか、さっきまで寝ていたくせに元気すぎる。
心の中でだけ突っ込みを入れつつ、俺は仲間たちを連れて入口へ向かう。
衛兵さんが時刻を確認し、わずかな沈黙の後、静かに頷いた。
進入許可。
こうして、俺たちの二度目の迷宮探索が始まった。
・ ・ ・
順調に第四階層まで降り、以前観測器を設置した宝箱の部屋へと辿り着く。
石壁に囲まれた広間は、先週と変わらぬ静けさに包まれていた。
ただ一つ、違いがあるとすれば、中央にあったはずの宝箱が、もう影も形もない。
「……消えている」
先週、確かに俺たちが開け、中身を持ち出したあの箱。
床と一体化しているような感覚があったから、持ち帰ることは出来ないだろうとは思っていたが――まさか跡形もなく消失するとは。
宝箱そのものが、迷宮の一部なのだとでも言うように。
その瞬間、左目が鈍く疼いた。
今さらながら、やはり迷宮という存在はどこか歪だ。
俺は小さく息を吐き、気持ちを切り替える。
観測器の近くに、追加の補助装置を設置する。
掌ほどの大きさの水晶体を金属枠で囲った構造で、起動と同時に淡い光を帯びた紋様が浮かび上がる。
観測器と細い魔素線で接続されると、低く共鳴するような振動が伝わってきた。
二階層、三階層で見た時と同様に、観測器の周囲に漂う“糸”のようなものが、以前よりもはっきりと視認できる。
まるで空間そのものから引き剥がされるように、観測器へと吸い込まれていく。
――やはり、増えている。正体は、未だによくわからないが。
誰にも気づかれぬよう、俺は視線を逸らした。
設置を終え、第五階層へ続く階段を探して移動を開始する。
歩きながら、ふと疑問が浮かんだ。
「ちょっと気になったのだが、先に入ったパーティが魔獣や資源を全部片付けていたら、後から入る俺たちは何も出来ないんじゃないのか?」
俺の問いに、仲間たちはきょとんとした顔を向ける。
「うーうん?アベルは変なこと気にするな。俺は別に気にしたことないぞ」
「下層へ向かう階段は複数存在するぞ。入口と最深部直通の階段以外は、いくつも分岐があると聞く。ルートが重なること自体珍しいはずだ。」
「まあ、同じルートだったとしてもそんな問題が起きたなんて話、聞いたことがないわね」
「うん。だって迷宮って、そういうものでしょう?」
口々に、当然のように答える。
同時に競合するならまだしも、十分の間隔を空けている以上、問題は起きない。
それが“常識”らしい。
その言葉を聞いた瞬間、また左目が疼いた。
迷宮は、そういうもの――
彼らは何の疑問もなく、そう言い切る。
――まただ。
俺は気取られぬよう、そっと左目を閉じた。
迷宮そのものへの違和感だけではない。
迷宮を当然のものとして受け入れる、この時代の人たちの在り方。
その温度差。
最初は、時代の違いだと思っていた。
だが、それだけでは説明がつかない何かがある。
その何かとは、と問われても答えられない。
ただ、その微妙な隔たりを感じるたび、仲間たちと肩を並べて歩いているはずなのに、世界に一人取り残されたような感覚が胸を掠める。
迷宮は静かだ。
仲間たちはいつも通りに歩き、いつも通りに迷宮を語る。
その背中を見ながら、俺だけがどこか別の場所に立っているような感覚に襲われる。
同じ景色を見ているはずなのに、見えているものが違う。
同じ迷宮に足を踏み入れているはずなのに、感じている重さが違う。
言葉にすれば些細な違いかもしれない。
だが、その僅かなずれは、時折どうしようもなく孤独な影を落とす。
俺は何も言わず、ただ前を向いた。
迷宮は、今日も何事もない顔で、俺たちを迎え入れている。
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4/26に第一部完予定しています。
よって、1部完結までは金・土・日で更新する予定です。




