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第四章:静かな亀裂 (6)

どれくらい経ったか。


現れたアンデッドたちは、すべて倒された。


戦闘の余韻だけが、白い空間に薄く残っている。


ソニアはいつも以上に鋭い目つきで俺を睨んでいる。この腑抜けが、とかすぐにでも言い出すような雰囲気だ。


それをしないのは、俺の隣で落ち着かない様子でこちらを窺っているニナのせいだろうか。


イチとラミアールも、軽口を叩くことなく、どこか空気を測るような顔つきだった。


正直、頭の中は全く整理できていない。だが、呼吸は落ち着いた。


「……さっきは悪かった」


素直に頭を下げる。


一瞬、静寂が落ちた。


「無理しなくていいよ。今日は戻ろう?」


真っ先に口を開いたのはニナだった。


その声音はいつもの明るさを保とうとしているが、どこか震えている。


「……いや、大丈夫だ。もう問題ない」


自分でも分かる。


先の自分の様子は“問題ない”などと言い切れる状態ではなかった。


だが、それでも。


ここで退くわけにはいかない。今日が過ぎたらいつまた迷宮に入れるかわからない。


今日という限られた時間を無駄にするわけにはいかない。


「このまま進もう」


俺は歩き出す。


ソニアの横を通り過ぎる瞬間、彼女の視線が突き刺さる。


言いたいことは山ほどある、そんな目だ。


だが今は、それに向き合う余裕がない。


ハウゼンさんは特に何も言わず、俺たちから少し離れた距離を保っていた。


今はその距離感がありがたいと感じる。


俺の背後から無言でついてくるみんなの気配。


……余計な心配をかけたな。


申し訳なさはある。


それでも今は、静かに考えをまとめたい。





・ ・ ・





第二層。


少し開けた場所へ足を踏み入れた瞬間、アンデッド――いや、“魔獣”がこちらへ襲いかかってきた。


骸骨騎士が二体、動く屍が三、背後から亡霊が滑る。


本来なら、陣形を整える場面だ。


だが。


俺は一歩、前へ出た。


呼吸を落とす。


無影一刀流――




【第四式・間縫(まぬい)




踏み込みと同時に、世界の音が遠のく。


斬ったという感覚すら残さず、刃だけが軌跡を描く。


骸骨騎士の懐を抜ける。


振り向かない。


すれ違いざま、骨が崩れた。


次の瞬間には、動く屍の間を縫うように身体が流れる。


止まらない。


流れる水が石の隙間を抜けるように、敵と敵の“間”だけを通り抜ける。


剣は一閃。


二閃。


だが、俺の体感では一度だけ振ったはずだった。


亡霊が腕を伸ばす。


半歩だけ身体を沈め、刃を横薙ぎに滑らせる。


空気ごと断ち切るような一線。


蒼い粒子が弧を描いた。


……遅れて、魔獣たちが次々と崩れる。


刃が肉を裂く。


その感触を、改めて確かめた。


ここまで何度か交戦し、いくつか分かったことがある。


このアンデッド型魔獣、一般にはそう呼ばれているらしいものたちは色んな意味で異様だった。


確かに外見は、屍、骸骨、亡霊といったアンデッドそのものだ。


だが。


あれは、本物ではない。そう確信できる。


正確に言うならば――()()()()()()()()()()()


魔素によって模倣された存在。


骸骨騎士(スケルトンナイト)の体格はどれもほぼ同じ。


動く屍(ゾンビ)も、腐敗の度合いこそ違えど、個体差というほどの差はない。


亡霊(スペクター)は顔が見えないが、漂う気配は画一的だ。


そして何より。


斬った時の感触が違う。


千年前、死霊術(ネクロマンシー)によって操られたアンデッドを斬った時。


そこには確かに“人間”を斬った感触があった。


尊厳を踏みにじられ、安息を奪われた存在を、自らの手で終わらせるという重みが。


だが、こいつらは違う。


骨と肉を断つというより、雨に濡れた土や、湿った岩を断ち割るような、無機質な手応え。


しかしだからといって、魔族と同じかと問われると、魔族を斬った時の感触とも違うと言える。


魔族は、確かに“生きていた”。


こいつらとは、違う。


それでも。


消滅の仕方だけは、あまりにも似ている。


蒼い粒子となって崩れ落ちる様子を眺める。


こいつらは――迷宮の魔獣とは一体何だ?


……そこまで思考が巡った時。


気づけば、この空間の魔獣はほとんど倒されていた。


いや。


正しくは、俺が一人で片付けていた。


仲間たちは、少し離れた場所からこちらを見ている。


イチは何か言いたげだったが、うまく言葉が出てこないらしい。


頭を乱暴にかき回している。


ソニアはいつも以上に冷たい視線を向け。


ラミアールは慎重に様子を窺い。


そしてニナは――


心配と、ほんの僅かな恐れを混ぜた表情をしていた。


……やってしまったな。


考え込むあまり、空気を凍らせたらしい。


剣を鞘に収め、俺は彼らへ歩み寄る。


その瞬間。


ニナの肩が、わずかに跳ねた。


胸が、ちくりと痛む。


「悪い」


その気持ちも込めて、もう一度、仲間たちに頭を下げる。


数拍の沈黙。


そして。


「アベルくんっ……!」


ニナが飛び込んできた。


「さっきのアベルくん、ちょっと怖かったよ……」


抱きついたまま、小さく呟く。


「……悪かった」


その頭を軽く撫でる。


「ああもう!なんかよくわかんねぇけどよ!あんま一人で抱え込むなよ?」


イチが背中をばんばん叩く。


「ふう……我が宿敵よ。リーダーが崩れれば、隊も崩れる。リーダーである君がその調子では困るというものだ。いい機会だ。この我がリーダーとは何たるかを語ってやろう」


ラミアールが腕を組みながら傲慢な態度をとる。ただ、どこか安心しているように見えた。


「……ちゃんとして。リーダーはあんたなんだから」


最後にソニアがため息交じりに言った。


何一つ、解決はしていない。


迷宮についても、魔獣ついても。千年前の痕跡に関しても。


だが、それは全て俺の事情だ。


俺の勝手な事情に、こいつらを巻き込むつもりはない。


……次からは、もう少し気をつけよう。そう、静かに誓う。


そのとき、イチが周囲を見回した。


「なあ、ここなら依頼やるのにちょうどよくね?」


俺は頷く。確かに、ここなら依頼の設置場所に関しては問題なさそうだった。


鞄から箱を取り出し、適当な場所に魔素観測装置を設置する。


後は、これを押せばよかったはずだ。


ボチっと、赤い突起を押す。


内部が、かすかに光り始めた。


数秒経過。


……それ以外に特に目立った変化はない。


「え?終わり?」


と、イチが失望したような声を漏らす。


「なんだよ、地味だな。もっとこう、ばぁっ!ってものを期待したのに」


本気で失望した顔になっている。


「観測装置だぞ?派手でどうする」


ラミアールが呆れる。とはいえ、ラミアールも何が始まるか期待で目を輝かせていたことは覚えている。


そのやり取りを横目に、俺は装置を見つめる。


――その時。


視界の端で、何かが揺れた。


糸のような、細い光。


装置の周囲へと、ゆっくり引き寄せられている。


焦点が合わない。


霞んだような、不安定な光景だった。


ふと、左目を閉じてみた。


……消えた。


今度は右目を閉じた。


すると逆に、糸のような何かがわずかに鮮明になった。


……何だろうな、これは。


手でそれに触れようとするが、すり抜ける。


「おーい!アベル!何してるんだ!早く行こうぜ!」


「今行く」


気にはなるが、特に害はぬなさそうだ。とりあえずは無視するとしよう。


俺は先に進む仲間たちの後ろをついていった。





・ ・ ・





その後は特段何か起きることもなく、探索が続いた。


第三層でも同様に装置を設置し、魔獣を倒しては、魔素核を回収する。

そして第四層。


「時間は……まだ余裕があるな」


ラミアールが懐から高級そうな懐中時計を取り出し時間を確認する。


「今のペースなら、依頼を終えた後も少しは探索できそうだな」


「そっか!じゃ、最深部に行こうぜ!」


「少しと言っているだろ!そんな余裕はない!」


「あなたたち!いい加減うるさいわよ!」


「ええ?お前の声の方が大きいんじゃないのか?」


「い、いや。ソニア嬢。我は特に何も……」


「う る さ い!」


「「はい……」」


静かになるイチはラミアール。本当に賑やか子達だ。


そんな様子を一歩離れた位置で眺めていると、袖を引っ張られる感覚。


振り返ると、地図作りの途中にもかかわらず、俺の袖を掴んでチラチラとこちらの顔を伺っているニナの姿。


「アベル君。大丈夫?本当に無理してない?」


普段は無邪気な子供のような彼女だが、今はまるで心配性の母親のような態度だった。


その原因が自分にある以上、無下にはできない。


「いや、さっきも言ったが、もう大丈夫だ。悪いな、心配かけて」


「ううん。でも、大丈夫ならよかったよ」


ニナは少し安心したようにはにかむ。


その間でも、俺たちは広めの空間を探して移動し続ける。


分岐を一つ越えた、その先。


通路の終端に、それはあった。


――扉。


これまでとは明らかに異なる存在感。


「おっ、宝箱部屋じゃね?」


イチの目が輝く。


他の面々も、言葉こそないが期待を滲ませている。


迷宮には、宝物が眠る部屋が存在する。


そんな話を思い出した、その瞬間。


「おい、ちょっと待っ――」


ラミアールが制止するより早く。


イチは勢いよく扉を押し開いた。


面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。



4/26に第一部完予定しています。

よって、1部完結までは金・土・日で更新する予定です。

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― 新着の感想 ―
とりあえずここまで読ませていただきました。この世界の壮大で緻密な設定と、主人公達の面白い展開が気に入りました。 よかったら僕の作品も見てください。
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