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第四章:静かな亀裂 (4)

その日の夕刻。


夕食を終えた俺たちは、寮のラウンジに集まっていた。


円卓を囲むのは、今回迷宮自由探索に参加する面々。


当然ながら、話題はひとつだ。


「それで、今回の探索の目的は決めたの?」


最初に口を開いたのはソニアだった。


腕を組み、まっすぐこちらを見据えている。


目的、か。


俺にはある。 消え去った時代の痕跡を探すこと。 なぜあの時代が失われたのか、その手がかりを見つけること。


だが、それはあくまで俺個人の目的だ。


今ソニアが言っているのは、今回の探索で何をするか――その話だろう。


俺が黙っていると、イチが勢いよく手を挙げた。


「はいはい!  そりゃあもちろん、最深部踏破だろ! 迷宮探索っていったらそれしかねぇ!」


目を輝かせ、拳を握る。


最深部。 確か迷宮の主(ガーディアン)とかの迷宮でも特殊な魔獣がいる場所だったか。


本で読んだ知識を思い出していると、ソニアが露骨に呆れた顔を向けた。


「……あのね。 浮かれるのは勝手だけど、自由探索でも夕刻前には戻らなきゃいけないのは分かってる?」


一度区切り、淡々と続ける。


「最深部までの最短ルートも知らない状態で、地図を作りながら進むのよ? 一日で到達なんて無理に決まってるでしょ?」


イチの勢いが目に見えて萎む。


「そ、それは……いや、しかし……」


「それにね」


ソニアはさらに追撃する。


「再構築からもう二週間は経ってるのよ。 迷宮の主は、先週のうちに三年生のパーティが討伐済み。 レイラ先生の通知、もう忘れたの?」


「ええっ!? ちょっと! いつのまにそんな話になっていたんだよ! 全然知らなかった! くそっ、3年生先輩ども目! 先を越された!」


本気で悔しがるイチ。


「あのね……はあ、もういいわ。 とにかくそういうことだから余計なことは言わないで頂戴」


ソニアはこめかみを押さえ、小さく息を吐いた。


……同情はする。


その時、ラミアールがわずかに間を置いて口を開いた。


女性相手になると、ほんの一瞬だけ呼吸を整える癖があるらしい。


本人も自覚していない程度のものだが、動きがわずかに固くなる。


知り合って間もない俺でも分かるくらいだ。


「……少しよろしいだろうか、ソニア嬢」


言葉を選ぶような、慎重な声色だ。


いつもの大仰な態度は影を潜め、背筋だけが妙に伸びている。 過剰なほどに礼を失さぬよう構えるその様子は、堂々としているというより、どこか身構えているようにも見えた。


「我々は迷宮での実戦訓練も三度ほど。 自由探索は初だ。 目的と言われても、具体的に何を想定しているのか分からぬ。 迷宮に入り、門限までに戻る。それでは不足なのか?」


ソニアは一瞬考え、素直に頷いた。


「……ええ、たしかに。 それも間違いじゃないわ。 だけど、普通は目的を決めて入るものよ。 迷宮探索の経験に関しては、貴方たちと大差ない私が言える立場ではないけれど、目的もなしに入っても時間を無駄にするだけだと思うの」


俺は問い返す。


「目的か。 具体的には?」


ソニアはじろりと俺を見る。


そんなことも知らないの?と言わんばかりの目だ。


……態度の差が分かりやすい。


そこへニナが割って入った。


「えっとね! 地図作りとか、素材集めとか、魔素核回収とか! イチくんが言ってたみたいに最深部を目指すのも立派な目的だよ!」


「ええ。 ニナさんの言う通り」


ソニアの声色が柔らぐ。


「どこかの誰かとは違って、ちゃんと分かってるわね」


……本当に分かりやすい。


「ふむ。 なるほど。 さて、我が宿敵アベルマスよ」


再びラミアールが前に出る。


今度は相手が俺だからか、動きは自然だ。先ほどまでの硬さは薄れている。


ただ、横目で女性陣の反応を一瞬だけ確認してから言うあたり、無意識の警戒が抜けきっていないみたいだけど。


「今回の探索、目的はどうする?」


「俺が決めるのか?」


「それは当然だろう。 今回のリーダーは君だ」


何を当たり前なことを聞く、とでも言いたげな表情だった。


ニナとイチは当然のように頷き、ソニアも特に異論はない様子だ。 ……俺を見る目は相変わらず何か言いたげだが。


リーダー、か。


別に望んだわけではない。面倒事を背負わされる立場だし。


……いや、よくよく思い返せば勇者だった頃も、最後の決定はいつも俺に回ってきたな。


と、仲間たちに面倒ごとを押し付けられた記憶が浮上する。


とはいえ。


迷宮については、この中で俺が一番無知だ。「目的を決めろ」と言われても、即座に答えられるはずもない。


思案しかけたところで、ニナがぱん、と手を打った。


「じゃあさ、依頼クエストを見て決めるのはどうかな?」


「依頼?」


疑問を抱いたのは俺だけらしい。


他の三人は「それはいい考えだ」と口々に賛成する。


その勢いのまま、事情を飲み込めていない俺を置き去りにして話が進んでいく。


「じゃあ、明日の放課後に確認しましょう」


結局、そんな形でまとまった。


ソニアが締めるように宣言し、俺を見据える。


「あんたも、それでいいわよね?」


……分からない時は、流れに乗るのも悪くない。


俺は小さく頷いた。


それを最後に、その日の打ち合わせは解散となり、それぞれが自室へと戻っていった。




・ ・ ・





――そして翌日、放課後。


俺たちは探究館へ向かっていた。


正門をくぐってすぐ正面に建つ建物。中等部と高等部のちょうど中間に位置し、学院全体の出入口のような役割を担っている場所。


迷宮探索に関する手続きはすべてここで行われる。迷宮に関する依頼の掲示、受理、報告。 さらには、迷宮で得た鉱石や薬草、宝箱の中身、そして魔素核の買い取りまで。


学生はここで依頼を確認し、達成し、報酬を得る。学院内の迷宮で実戦経験を積みながら、小遣い稼ぎもできる仕組みになっている――らしい。


詳しい制度までは、正直よく分かっていない。ニナたちから聞いた話と、授業中にレイラ先生が軽く触れていた説明を合わせて、そういう場所だと理解している、という程度だ。


建物の内部は思っていたより広い。中央には受付のカウンターがあり、その左右に大きな掲示板が並んでいる。


依頼は中等部迷宮用と高等部迷宮用で区画が分けられていた。


俺たちは自然と中等部側の掲示区域へ足を向ける。


そこには複数の掲示板が設置され、紙がびっしりと貼られていた。


「おお……結構あるな」


イチが感嘆の声を漏らす。


貼られている紙の内容を確認してみる。


掲示内容は実に様々だった。


・特定区域での鉱石採掘依頼 ・薬草採集 ・魔素核の回収 ・指定魔獣素材の持ち帰り


それだけではない。


・新型武具の実戦性能試験 ・防具の耐久検証 ・魔素導具の作動確認


といったものまで並んでいる。


迷宮は訓練場であると同時に、実験場でもあるらしい。興味深いことだ。


その中で、ソニアが一枚の紙を指先で押さえた。


「これ、どうかしら」


俺たちはその紙を覗き込んだ。



――――――――――


【依頼】


場所: 白の地下聖堂(ホワイト・カテドラル)


内容: 第二層・第三層・第四層にて任意の場所魔素観測装置を設置・起動すること。

※設置・起動は階段から離れた比較的広い空間を推奨。


期間:指定なし。


報酬:一万五千 聖貨


――――――――――



魔素観測装置というものが何なのかよくわからなかったが、名前から察するに迷宮内の魔素を観測するための何か、らしい。


報酬の一万五千聖貨というのはどれくらいなのだろう。


時代が変わるとお金の概念も変わるみたいだ。千年前の時代は金貨とか銀貨とかでつかっていたんだけど。


一人でそんなことを考えていると。


「第四層まで、か」


と、イチが深刻そうな顔呟く。


「何か問題でもあるのか?」


いつもと少し様子が変わっていたから、訪ねてみる。


すると。


「問題?――あるに決まっているだろ! 第四階までなら最深部までいけないじゃないか!」


まだ言っているのかこいつ。聞いて損した。


「お前、昨日の話もう忘れたのか」


「覚えてる。覚えているとも! でもな、迷宮の主(ガーディアン)がなくとも最深部は入ってみたいだろ! な! わかるよな!」


全くもってわからない。


「我慢しろ」


それだけ言って最深部行きたいー!と駄々をこねるイチを無視した。ほかの連中は最初から気にしてなかったようで、意見交換をしていた。


「ふむ。 第四階か。 短いような気もするが」


とラミアール。それに続いてソニアとニナが発言する。


「私は初回の自由探索としては悪くないと思うわ。 目的もはっきりしているし、行動範囲も限定的」


「でもでも、地図とか作りながら進むんだから思ったより長くなりそうかも?」


「なるほど。 それは盲点だった。 確かに道もわからない状態で第四層まで降りるのは時間がかかりそうだ。 うむ。 とすると、見かけによらず実戦経験としては程よいだろう」


俺は依頼書をもう一度読む。


ふむ。自由探索での依頼はこういうのがちょうどいい、というわけか。覚えておこう。


「じゃ、今回の目的はこの依頼を遂行することでいいか?」


俺がそう言うと、三人は当然のように頷いた。


「決まりだな。 それで、これからどうするんだ?」


「あんた、本当に何も知らないので……」


呆れた顔で見られても反応に困るな。この時代が複雑すぎるだけだと言いたい。


「えっとね! その紙を持って受付のお姉ちゃんに渡せばいいと思うよ!」


代わりにニナの説明を聞いて、紙を掲示板から剝がして受付の方に向かう。


受付カウンターの女性に持ってきた紙を渡すと、少々お待ちください、と言われて少し待つことを数分。


紙を持って受付カウンターの奥にある部屋に入っていた彼女は、しばらくして小箱を持ち出して俺に渡した。


「それが今回の依頼の品となります。 真ん中のボタンを押すだけで起動するらしいですが、一度起動すると内蔵されている魔素核の魔素が切れるまで動くらしいので、外では押さないように注意してください」


「はあ」


彼女の説明を聞きながら箱を開くと、底には見慣れない形状をしたものが三つ入っていた。


掌ほどの金属製円筒。側面には小さな水晶窓があり、真ん中にいかにも押してくださいと主張するかのような赤色の突起があった。


肩越しに箱の中身を確認した他のメンバーも始めて見る形なのか少し興味ありげな表情をしている。


特にイチは今にもボタンとやらを押したそうにしていたため、箱を閉じる。


いくらイチでも勝手に押さないと思うが、念のためだ。


……本当に押さないだろうな?自信がなくなってきた。なるべくこれは俺が持っておこう。


その後は依頼完了後の報告方法や報酬の支払いなどの簡単な説明を受け、受領書に署名して、探究館を後にした。


――いよいよ明日は、迷宮だ。

面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。



4/26に第一部完予定しています。

よって、1部完結までは金・土・日で更新する予定です。

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