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第四章:静かな亀裂 (3)

毎週土曜・日曜更新予定

祝日は追加更新あり

昼休み。


昼食を終え、俺は学園長室へ向かっていた。


当然のように、その後ろをニナとイチがついてくる。


「同じパーティーなんだから、一緒に行くのは当然でしょ?」


「そうそう。 俺たち一心同体だしな!」


……そういうものなのか。


もはや反論する気力もない。


もはや、好きにしてくれという気分だった。


半ば達観した気持ちで、俺は学園長室の扉の前に立った。


軽くノックをする。


「アベルマスです。 お呼びと聞いて参りました」


「ああ、アベルマスくん。 入りたまえ」


落ち着いた声が中から返る。


「失礼します」


扉を開けると、机に向かって書類に目を通していたハウゼンさんの姿があった。


こちらを見ると、穏やかな笑みを浮かべる。


「待っておったぞ。 おや、三人で来たのか」


「学園長、お疲れさまっす!」


「こんにちは!」


「ほっほっほ。 相変わらず元気でよい。そこに座りたまえ」


応接用のソファへ案内される。


ハウゼンさんは手際よく茶を淹れ、菓子まで用意してくれた。


自らも向かいに腰を下ろし、湯気の立つカップを軽く持ち上げて香りを確かめる。


「アベルマスくんと、仲良くやっているかな」


問いかけに、イチが菓子を頬張りながら即答する。


「もちろん! 俺たち絶対の親友です!」


「わたしもです! アベルくんとは大親友です!」


ニナも負けじと声を張る。


……そこまで断言されると、少し照れくさい。


ハウゼンさんは満足そうにうなずき、茶を一口含んだ。


それからしばらく、学園生活の様子や授業の話など、他愛のない雑談が続く。


やがてカップが静かに置かれた。


「さて――今回、アベルマスくんを呼んだ理由についてだが」


一瞬、間を置く。


「今回の迷宮探索には、ワシが監視兼保護者として同行することになった」


思わず背筋が伸びた。


「本来、自由探索の権利を得たのはソニア嬢も同じだった。 しかし彼女の方から、アベルマスくんとの模擬戦で敗れた以上、その資格は自分にはないと辞退の申し出があってな」


それは初耳だった。


女子の模擬戦で勝利している以上、俺との勝敗とは別問題のはずだ。


それでも辞退したということは――プライドか、あるいは別の思惑か。


理由は分からないが、その原因の一端が自分にあるとすれば、少し居たたまれない。


「そういうわけで、今回自由探索の権利を持つのはアベルマスくん一人だけということになる」


ハウゼンさんは静かに続ける。


「ならばワシが同行しても公平性の問題はない。本来自由探索に教師の監視は不要だが……一年生で、しかも初めての探索。 加えて決定の経緯もやや特殊じゃ。 実力的には問題ないと判断しておるが、念のため、というわけじゃな」


ハウゼンさんは穏やかな口調のまま告げた。


「もちろん同行はするが、探索に支障がない限り基本的に干渉はせん。 実力行使も、助言も、必要最低限にとどめる」


最初はきょとんとしていたニナとイチだったが、すぐに顔を輝かせた。


「よく分からないけど、学園長も一緒ってことっすよね?! 俺は大歓迎です!」


「わたしもです! 楽しみです!」


無邪気な反応だ。


だが、その向こうでハウゼンさんが一瞬だけこちらを見る。


言葉にしない、含みのある視線。


……やはり、他にも理由があるな。


そう直感した。


やがて菓子を食べ終えた二人が立ち上がる。


「俺はもう少し、学園長と話がある。 二人は先に戻ってくれ」


「そっか? 分かった。じゃあ俺たち先に戻ってます!」


「アベルくん、あとでね!」


二人は素直に部屋を出ていった。


扉が閉まり、室内に静けさが戻る。


思わず息を吐くと、ハウゼンさんが柔らかな目でこちらを見ていた。


「……騒がしくしてしまい、申し訳ありません」


「構わんよ。あれだけ元気なのは良いことだ」


そう言ってから、少しだけ声音を落とす。


「……もう察しているかもしれんが」


空気が変わる。


「今回ワシが同行するのは、アベルマスくんが迷宮で発見された存在であるという特異性ゆえだ。 再び迷宮に足を踏み入れた時、何が起こるか分からぬ。 その確認も兼ねておる」


俺は静かに姿勢を正した。


自分では実感が薄いが、迷宮から現れたという事実は、それほど異例なのだろう。


「それに、お主をグロリスへ編入させたのはワシだ。 責任を持つのは当然じゃ」


真摯な言葉だった。


だが次の瞬間、空気は元の柔らかさへ戻る。


「それとは別に、迷宮というものを知らぬ君がどのように受け止めるのか――純粋に興味もあってな」


どこか悪戯めいた笑み。


やはり侮れない人だ。


それでも。


ハウゼンさんが同行してくれるという事実だけで、胸の奥に確かな安心が生まれている。


「ありがとうございます。 ご厚意に甘えさせていただきます」


深く頭を下げた。


「それでは、自分も戻ります」


「うむ。 午後の授業も励みたまえ」


学園長室を後にし、教室に向かう。


今日の午後は基礎体力鍛練と、魔素運用に関する訓練があったはずだ。


まだ時間的に余裕はありそうだが、先に着替えておくのも悪くない。


そんなことを考えながら廊下を歩いていたが、ふと足を止める。


……妙だ。


教室の前まで来たところで、いつもと違うざわめきを感じる。


扉の向こうが、やけに騒がしい。


俺は静かに、ドアへ手を伸ばした。


教室の扉を開けた瞬間、真正面に立っていたのは――怒りを隠そうともしないソニアだった。


「あんた! これはどういうことよ!」


距離を詰めるのが早い。


気づけば、ほとんど至近距離だ。


詰問するような視線に、思わず一歩だけ後ずさる。


「……何がだ」


とりあえず周囲を見回す。


だが、クラスメイトたちは意外にも落ち着いていた。


というより――


(あ、また始まった)


とでも言いたげな、どこか観戦モードの空気すらある。


中には、わずかに同情するような視線をこちらへ向ける者もいた。


……どういう状況だ。


事情が分からないまま巻き込まれている気しかしない。


「とにかく落ち着け。何の話か説明してくれ」


そう言うと、ソニアはさらに眉を吊り上げた。


「とぼけないで!」


だから何がだ。


内心で突っ込みつつ、表情は変えない。


「今回の迷宮自由探索に学園長が同行するって、どういうことよ!」


――ああ、それか。


思わずニナとイチの方を見る。


二人は一点の曇りもない笑顔でこちらを見返してきた。


……間違いなく、この二人だな。


ため息が出そうになるが、まずは目の前の問題だ。


「どういうことも何も、そのままだ。 学園長が同行することになったと、ついさっき知らされた」


ソニアの目が細くなる。何かを言い返そうとするが、それより先にこちらの言い分を続ける。


「だが、それはお前が自由探索の権利を辞退したからだと聞いた。 だから学園長が同行しても、贔屓だの不公平だのという話にはならない、と説明を受けている」


淡々と事実だけを告げる。


「……っ!」


一瞬、ソニアは言葉を失った。


「そ、それは……だって……うぅぅ!!……」


明らかに動揺している。言い返したいのだろうが、言葉が出てこないといった様子だ。


しばらく悔しげに唸っていた彼女の目が、次第に潤み始めた。


「え、泣かせた?」


「アベルマスくん、最低……?」


「うわ、鬼畜」


おい。


横目でクラスの様子を窺う。


全員、面白がっている。


理解していないわけではない。


どう見ても俺のせいではないと分かっているはずだ。


それでも、この状況を楽しんでいる。


……こいつら。


「うぅ……!!」


なおも悔しそうに唸るソニア。


どう収拾をつけるべきかと考えていると、ニナがぱっと手を打った。


「いいこと思いついた!」


――なぜだろう。あの花が咲くような笑顔に、嫌な予感しかしないのは。


ニナはソニアに近寄り、にこにこと覗き込む。


「ソニアちゃん、学園長と一緒に迷宮に行くのが羨ましいんでしょ?」


「ち、違う!」


即答。


だが、顔は真っ赤で、尻尾が落ち着かない様子で揺れている。


ニナはさらに続ける。


「じゃあさ、ソニアちゃんも一緒に行こうよ!」


教室が一瞬、静まった。


ニナは満面の笑みでこちらを見る。


どう?名案でしょ!褒めて褒めて、と言わんばかりの顔だ。


案の定だった。


……頭が痛い。


自然とこめかみを指で押さえた。


「だ、誰がこんな奴と一緒に……!」


最初は拒絶。


だがニナが腕を掴み、ぐいぐいと迫る。


「行こうよー! 絶対楽しいよ!」


「い、いや! だから!」


先ほどより明らかに勢いが弱い。


……押しに弱いな。


自分のことなのにどこか他人事のように感じながら、だんだんと抵抗が弱まっていくソニアを見つめる。


やがて観念したように、小さく呟いた。


「し、仕方ないわね……! そこまで私と行きたいと言うなら……その、一緒に行ってあげるわ!」


あくまで仕方なく、という体を崩さないあたりが実に彼女らしい。


何様だ。


「決まりだね!」


ニナが嬉しそうに跳ねる。


「俺は、まだ許可した覚えはないんだがな……」


もちろん、そんな俺の呟きなど誰も気にしてくれなかった。


次の瞬間、別の声が響く。


「待ちたまえ! 我が宿命のライバル、アベルマスよ!」


……今度は何だよ。


心の中で突っ込みながら、そちらに視線を向ける。


そこには大仰な身振りを交えて歩み寄ってくるラミアールの姿。


ああ、また面倒事が増えるのか。


「キャア!」「ラミアール様!」


それに呼応するかのように一部の女子が黄色い声を上げた。


一瞬、ラミアールの肩がぴくりと震えたが、すぐに何事もなかったかのように背筋を伸ばす。


……やはり女子は苦手らしい。


尊大な貴族そのものといった態度で、こちらへ歩み寄る。


「話は聞いているぞ。ニナ・ルーチェ嬢、イチ・ベルガ、そしてソニア・レグラタ嬢と迷宮へ向かうそうだな。」


わざとらしい物言いだ。


「しかし! それではパーティーバランスが悪いというものだ!」


なにか始まった。


「今のままでは前衛が多すぎる。 戦術とは役割分担あってこそ成立するものだ。 後衛の魔法支援、状況判断、連携――」


このままだと長くなると思い、途中で話を遮る。


「要点だけ言ってくれ」


するとラミアールはわずかに口を引きつらせた。


「……コホン。 つまり、だ。 この我こそが、パーティーの均衡を保つ最適解であるということだ」


どうだ、と言わんばかりの表情で見つめてくる。


結局それか。


「……要するに、お前も一緒に行きたいと」


「ぐっ……」


一瞬言葉に詰まるが、すぐに取り繕う。


「ま、まあ。 我がライバルである君がどうしてもと頼むのなら、やぶさかではないというだけで……」


……色々と面倒になってきた。


「そうか。 そこまでではないから他を当たってくれ。 じゃあな」


そのままその場を離れようとすると、ラミアールが慌てて手を伸ばす。


「ま、待ちたまえ!」


ぐぬぬ、と唸り、ええい!ままよ!と勢いで叫ぶ。


「我も、パーティに加えてくれ!」


教室が再びざわつく。


俺はひとつ息を整えた。


「……分かった」


「う、うむ! そう来なくてはな!」


「おう! よかったな、ラミアール! よろしく頼むぜ!」


「ははは! 大船に乗ったつもりで我に任せたまえ!」


豪快に笑うラミアール。


その隣ではいつの間に近づいてきたイチが嬉しそうに拳を握り、ニナは相変わらずソニアにまとわりついている。


騒がしい。実に騒がしい面々だ。


確かに、思うところがないわけではない。


性格も立場もばらばらで、統率が取れているとは言い難い。


だが――


不思議と嫌な気はしなかった。


それぞれが我を通しながらも、根の部分では真っ直ぐだ。


未熟で、衝動的で、しかし前に進もうとする力がある。


そんな連中と迷宮へ挑む。


悪くない。


どうせ行くのなら、全力でやるだけだ。


腹を括る、というよりは――


少しだけ。


ほんの少しだけ、この先を楽しみにしている自分がいた。

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