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ニ 笑顔

下駄でカランコロンしながら、環さんのことを考えて帰ってきた。それだけなのに幸せな気持ちでいっぱいになる。浮かれながら石段をあがっても、今度は転ばなかった。


「ただいま」

「おかえりなさい」

いつもは重なって聞こえる挨拶が1匹分少ない。


「阿?どうしたのですか?」

「……」

阿の様子がおかしい。


「主様、どこへ行かれていたのですか?阿が拗ねて大変ですよ。」

後半は、こっそり私にだけ聞こえるようにささやかれた。


その言葉通り、いつもは姿勢よくウチの門番をしている阿が、今は台座の上で丸まって尻尾は垂らしてだらしない格好をしている。


「…おやつ」

ぼそりと阿が呟く。

はて、おやつとな。何かあったかな?


「環様が来られたときに、差し入れで私達の分のおやつが入っておりまして、それのことです」

吽に、そこまで教えてもらい、合点がいく。

先ほど、阿に環さんがウチに来たと起こされたのだ。あのときはそのおやつをねだりに来たのだな。


「すまなかったね。阿。どうしても、急がないといけなかったのだよ。先ほど持ってきてもらったおやつと大学祭のお土産にジャーキーももらってあるからそれをあげよう」

阿が起こしてくれなければ、間に合わなかったかもしれない。ご褒美にジャーキーもつけることにした。


「ああ、それとね。これからは、誰も通すなと言ったとしても、環さんだけは通していいからね」

門番達には伝えておかなければ。




☆☆☆


今朝逃げた環さんのことをずっと考えていた。


いろいろ考えた末に、今まで考慮していなかった神という問題を検討することにした。

相談に乗ってくれそうな経験者を探してみようとしたが、日本では心当たりがなく、ギリシャの神様は…!?と閃いても伝手がなく、二進にっち三進さっちもいかずに、畳の上でゴロゴロと転がっていた。


いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。

ベチャっと濡れた何かが頬にぶつかった不快感で目が覚めた。

「主様、起きてください」

「阿?どうしたのですか?」

阿の鼻が頬に当たったようだ。阿吽はかわいいウチの門番だが、鼻ベチャはされたくない起こされ方のひとつだ。やめるように言ってあるのに、これをするということはどうしても起きてほしかったのだな。


「環さんが来たのです。おや…」

何か言いかけていたが、環さんが来たという言葉で飛び起きる。

「いつですか?」

「さっきです。それより、おや…」

また言いかけていた言葉を無視して、入り口にあった下駄を履いて駆け出した。


先ほどならまだ間に合うはず。


あまりの走りにくさに、なぜ下駄にしたのか後悔したけれど、中間地点の自動販売機のところで夜空を見ている環さんを見つける。


「環!!」

待っていてほしくて名前を呼ぶ。

気づいてくれた!!

目をこすっている。泣いていたのかな。私の気持ちは迷惑だったのだろうか。

それでも、そこで待っていてくれた。




環さんは、私の姿を見ると笑いをこらえていた。そう、貴女には笑っていてほしい。

「下駄ですね」

「慌、てて、飛び、出して、きたから」

「鍵はかけてきた?」

「ウチには、優、秀な、門番が、いるから、大丈夫」


息を整えて、環さんを見つめる。

「環さん、話を聞いてほしいのだけれど、いいかな」

朝みたいに逃げられないように、肩を掴んでおこう。

環さんの返事は、はいだった。




今まで思っていたことを伝えようかと思ったが、先ほどの泣いていた様子がよぎって、ついつい自分の負の部分を言ってしまう。


「環さん、私は、神で人とは違います。貴女からしたら面妖な力も持っています。色々制約もあって遠くへは行けないですし、年はよく覚えてませんが、だいたい250歳のおじいちゃんでもあります。だから、貴女を楽しませることは出来ないかもしれません。今まで縁遠かったので、女心には疎いですし、実を言えばなぜ貴女が逃げてしまったのか分かっていません。それでも、私が神であっても、貴女が傍にいてくれたらと願ってしまいました。環さんが好きです。このまま一緒にいてくれませんか?」


泣かせてしまうかもしれませんが、貴女が好きなのです。

笑っていてほしいという気持ちとは矛盾するけれど、泣くのだって私の傍であってほしい。

どうか一緒にいてほしい。


拒否されてもしかたがないと思ったが、彼女は話し始めた。


「烏帽子様の穏やかな性格が好きです。にこにこ笑っている烏帽子様が好き。それと一緒に美味しいものを探したり食べたり作ったり、そんな時間を過ごすのも好き。私を送り出して迎え入れてくれる声が好き、笑ったときに目尻に出来るしわも大きくて暖かい手も、烏帽子様の全部が好きです」


肩を掴んでいた手に環さんの手が重なる。彼女が何を言っているのか理解が追いつかない。


「正直、烏帽子様は私にとって神様という感じではないのです」


「今まで、友人だと思っていました。または弟のようなものだと。でも、おかしいんです。兄弟や友人なら、一緒にいてもドキドキしない。用事で会えなくても、あんなにがっかりしない。2度と会ってもらえないかもと思えば、胸が潰れるような気持ちになりました。朝は、逃げてしまってごめんなさい。気づいたのはさっきですが、私は烏帽子様が好きです」


環さんは、私が、好き。………好き。今、追いついた。


爆発的な喜びが身体中からわいてくる。

やっと捕まえた!!

今朝みたいにいなくなってしまわない様に抱きしめる。

「本当ですか!?本当に?」

信じられない。もしかしたら、まだ眠っていて自分に都合のよい夢の続きを見ているのかもしれない。

「本当。だけど、痛いから放して」

痛いと聞いて、身体をはなす。夢の中の環さんにだって、痛い思いはさせたくない。

しかし、消えてしまうかもしれない。…肩は掴んだままにしておこう。


結局、肩から伝わってくる体温で夢じゃないとわかるまでそのままだった。






今日は、環さんには驚かされっぱなしでした。最後だって。




☆☆☆


環さんからくしゃみが聞こえた。

「このままここにいるわけにも行きませんね。送っていきますよ」

寒い中、彼女をずっと立たせたままにしているのに気づいた。暖かくしなければ、風邪を引いてしまう。


2,3歩進むが、環さんはついてこない。不思議に思って振り返る。

環さんが、うつむいたまま無言で手を差し出してきた。

これは、きっとこれからよろしくの意味を込めた握手をしようというのだな。


重ねる右手。景気よく、上下に振る。

すると、違ったらしく不満そうな声が出た。

「…握手じゃない。左手、出して」

握手じゃないなら、何をするつもりなのだろう。環さんがしたいようにさせてみよう。

「ごめんなさい。はい、目的の左手です」


左手を差し出すと、環さんの右手が重なってきた。そして、そのまま横に並ばれた。

ついでに、指と指が絡まって…。これは!!これは、学生達がしている、恋人つなぎ!!

「さあ、行きましょ」

わざとつないだ手を目の位置まであげられた。

こいびと。

その響きと、今、初めてまともに彼女に触れたことに気づいて赤くなる。


捕まえたと思ったけれど、本当は捕まえられた。

でも、どちらでも構わない。

これからは、彼女の横にいられるのだ。




環さんの家はもう見えているけれど、嬉しくて離れたくなくてゆっくり歩く。

「烏帽子様、ご飯食べました?」

「今日は、ずっと環さんのことを考えていたから、食べていませんよ。ねぇ、環さん」

今日はちっともお腹が減らなかった。今もそんなに気にならない。それより、顔を赤くさせた環さんがこちらを見てくれないことが気になる。

「なんですか?」

「ねぇ、なぜ、ずっと左側を見ているんですか?」

どんな顔でも見ていたい。覗き込もうとしたら、さっと環さんの手が顎を押さえた。

がちんって音が…。少し鉄の味がする。


「なんでもない。今日の献立は秋の味覚がテーマです。食べてく?」

「ええ、もひろん」

まだこちらを見てくれない環さんから夕飯のお誘いが来た。

環さんのご飯と考えたら、お腹が急に空きだした。手で押さえられたまま返事をしたら、環さんは吹き出した。






…なんだか本当に驚かされっぱなしですね。

なにかこちらもしてみたいです。何かないでしょうか。

辺りを探せば、ふと小箱が目に入った。


あの中には…。

ふふ、あれにしましょう。晴れて、こ、恋人になれたのですから許してくれるでしょう。

明日の朝に驚かせてみましょう。




「おはようございます」

「「おはようございます」」

環さんと阿・吽の声が聞こえる。

いつもの朝の風景。


「おはようございます」

「あ、烏帽子様おはようございます」

にっこり笑う環さんがかわいらしい。

「何かありましたか?」

「いいえ、昨夜の神社も何もありませんでしたよ」

毎朝の確認事項。彼女は既に1回、神社周りを見てくれて、最後に私に聞いてくれる。

「そうですか。それはよかったです。それでは」


仕事だから仕方がないが、なんでもないような顔をしている環さんに悔しさを感じて、やはり昨日見つけておいたネタを披露しようと石段の下まで、見送りに出る。

「いつもは、鳥居のところで狛犬達と一緒に見送ってくれるのに珍しいね」

あの子達の前ではさすがに恥ずかしいので。


「なんでもないですよ。お仕事頑張ってくださいね、み ど り さ ん」


みどりさんが一気に顔を赤くした。

成功!!

みどりさんは口をパクパクさせている。

大成功!!

「ど、どうして、それを。どこで?主任!?」

「いいえ。これです」

みどりさんから貰った名刺を差し出す。

そこには、大学事務課 環 みどり と書かれている。

初めて貰った特別な名刺。


「やめてぇ。頑張って顔に出さないようにしてたのに、名前なんて呼ばれたら、恥ずかしくて死ねるぅ」

頭を抱えてしゃがみこむみどりさん。そんなに大変なものだったのか。

「あっ、呼び返そうと思ったけど、烏帽子様の下の名前知らない」

「教えません」

みどりさんの反応を見れば、自分が下の名前を呼ばれれば、この比ではないだろう。

それでは、仕返しにならない。


「由来書、見てくる!!」

降りた石段を登ろうとするけれど、止めない。

「どうぞ」

しばらくすれば

「この由来書、錆びていて読めないじゃない!!」

と叫ぶ声が聞こえた。

「ついでに、烏帽子もウチの神社の名前であって、私の苗字ですらないですよー」

叫び返しておいた。


本名は、舌を噛みそうな名前なので、烏帽子神社の神様、通称烏帽子で通しているのだ。

通称にしてから、みんなが話しかけてきてくれるようになって嬉しかった。


驚愕の事実を知ったらしいみどりさんに詰め寄られ教えたけれど、やはり何度も噛むので、諦めて烏帽子呼びで通すようにしたようだ。

私もみどりさん呼びをやめるように言われたので、照れて恥ずかしがる彼女を見られなくなるのは残念だったが、ここぞというとき用に控えることにした。


「ほら、遅刻してしまいますよ」

「遅刻しますよじゃない。ああ、なんで今まで黙ってたのよ。もう。また夕方来るから、そのときにじっくり聞かせてもらうからね」

そう言ってみどり、いや環さんはかけていく。


いつもと変わらない朝、ただ彼女と自分の関係が変わった。

そのことが嬉しくて笑顔で見送る。

「いってらっしゃい、環さん」

「いってきます」

振り向いた彼女は、いつもの私を幸せにしてくれる笑みを浮かべていた。




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