真夜中のアイスクリームと、暴走する独占欲
外を打ちつけていた激しい雨はすっかり上がり、濡れたアスファルトが夜空の月光を鈍く反射している。
部屋の中は、間接照明の暖色光だけが微かに落ち、静寂がふたりの呼吸音を優しく包み込んでいた。
先ほどまで行われていた「深夜の烏龍麺大作戦」は無事に終了し、テーブルの上にはきれいに平らげられた小鍋がぽつんと残されている。
「……ふぅ……満腹よ……。まさかあの時間に、あんなにモチモチの麺と大きな油揚げを完食してしまうなんて……」
ソファの上に横たわる涼香は、樹のオーバーサイズのTシャツの裾をギュッと握りしめながら、満足感とほんの少しの罪悪感が混ざり合った吐息を漏らした。
昼間、T大のキャンパスで「隙を見せない氷の女神」と恐れられている姿はどこにもない。
今の彼女は、白くしなやかな素足をソファの上に放り出し、お腹がいっぱいになってウトウトと目を細めている、一人の愛くるしい「少女」であり、「妻」だった。
「涼香、お腹痛くなってない? 急いで食べたから心配だけど……」
樹が台所から温かいお茶の入ったマグカップを手に戻ってくると、涼香はフワフワとした動作で起き上がり、まるで吸い寄せられるように樹の腰へ抱きついてきた。
「……痛くないわ。樹くんが淹れてくれたお湯と、あたたかいお出汁のおかげで、全身がポカポカしているもの。でもね……」
涼香は樹の胸元に顔をすりすりと擦り付けながら、上目遣いに琥珀色の瞳を揺らした。
「……甘いものは、別腹だと思わない?」
「え……? 涼香、さっきあんなに大きな烏龍麺を食べたばかりだよ?」
「だって……!」
涼香は少しだけ顔を赤くし、照れくさそうに視線を泳がせた。
「……樹くんが『何でも甘えていい』って言ってくれたから……私、ワガママな女の子になりたくなっちゃったの。冷凍庫に……あのアイス、残っているでしょう?」
【シーン2:深夜のひそやかな背徳感】
樹が苦笑しながら冷凍庫から取り出したのは、プレミアムカップアイス(濃厚バニラ味)。
スプーンを二本用意してテーブルに戻ると、涼香はまるで寶物を見つけた子供のように目を輝かせた。
「一口だけ、一緒に食べましょう?」
涼香は自分でスプーンを握ると、カチカチに凍ったアイスを少しだけ削り取り、樹の口元へと差し出してきた。
「はい、あーん。……樹くんが先に食べて。毒味よ」
「毒味って……自分が食べたいだけでしょ」
樹が言われるがままに「あーん」と口を開けてアイスを食すと、濃厚なミルクの甘みとバニラの香りが口いっぱいに広がった。
「どう? 美味しい?」
「うん、すごく濃厚で美味しいよ」
「ふふ、じゃあ次は私の番ね」
涼香は嬉しそうに微笑むと、自分のスプーンでアイスを大きめにすくい、口へと運んだ。
その瞬間、彼女の美しい眉がキュッと寄り、次にうっとりとした表情へと変わっていく。
「……んん……っ! 冷たくて、甘くて……最高に幸せ……」
彼女の桃色の唇に、微かに白いバニラアイスがついていた。
樹がそれに気づき、指先でそっと拭ってあげようと手を伸ばした——その時だった。
涼香がパチッと目を見開き、樹の手首をキュッと掴んだのだ。
「……樹くん、なにをしようとしたの?」
「え? いや、唇にアイスがついてたから……」
「……指で拭いて、どうするつもりだったの?」
涼香の琥珀色の瞳が、どこか妖しく、そして深く揺れた。
彼女は樹の手首を離さず、そのまま自分の顔を引き寄せると、樹の指先についていたわずかなアイスを、ちゅっと音を立てて小さく舐めとった。
「〜〜〜っ!?」
樹の全身に、電気のような衝撃が駆け抜ける。
「……ふふ。自分で拭くから、大丈夫よ」
涼香は小悪魔のように微笑むと、今度は自分から樹の首元に抱きつき、その柔らかい唇を樹の唇へと重ね合わせた。
ひんやりとしたアイスの冷たさと、彼女の熱い体温、そして甘いバニラの香りが混ざり合う、深くて濃厚な接吻。
「……ん……っ……ふ……あ……」
息が続かなくなるまで唇を貪り合った後、涼香は息を荒げながら離れ、樹の耳元で甘く囁いた。
「……ねえ、樹くん。大学での私と、今の私……どっちが好き?」
「そんなの……比べるまでもないよ。どっちの涼香も大切だけど、こうして僕だけに甘えてくれる涼香が……一番愛おしい」
「……合格」
涼香の顔が一瞬で真っ赤に染まり、照れくささに耐えかねたように樹の胸元へ再び顔を突っ込んだ。
【シーン3:解けない魔法と、秘密の約束】
深夜1時。
静まり返った部屋の中で、二人はソファの上でぴったりと密着していた。
涼香は樹の膝の上に座り、彼の大きな背中に回した手で、トントンと優しくリズムを刻んでいる。
「……ねえ、樹くん」
「ん?」
「明日の大学、講義が終わったら……また生徒会室の近くで待っていてくれる?」
「うん、もちろんだよ。一緒にお買い物して帰ろうか」
「ええ。明日はね……私が樹くんに、手料理を作ってあげるわ」
「本当? 涼香の手料理、楽しみだな」
「ふふ、期待していて。……あ、でも……」
涼香は少しだけ体を離すと、急に真面目な『夏目先輩』の顔を作ってみせた。
「……学校では、絶対にニヤニヤしちゃダメだからね? 『夏目先輩、何か良いことあったんですか?』って後輩に聞かれたら、私困っちゃうんだから」
「分かってるよ。僕もちゃんと『冴えない後輩』のフリをするから」
「よろしい。……じゃあ、そろそろベッドに行きましょうか。……今夜は、朝まで離してあげないんだから」
夜の静寂の中、二人の笑い声が優しく溶けていく。
昼間は完璧な高嶺の花と、影の薄い後輩。
だけど、この扉の向こう側では——世界で一番甘くて、誰にも破れない「二人だけの秘密の夫婦生活」が、永遠に続いていくのだった。




