放課後の密室と、溢れ出す妻の甘えん坊
「……ふぅ、やっと二人きりになれた」
図書室を後にして、夕暮れに染まる本郷のマンションへと帰宅した二人。
玄関のドアが閉まり、電子ロックがカチャリと施錠された瞬間、涼香の「完璧な先輩」としてのピンと張っていた緊張の糸がぷつりと切れた。
「ツキ……っ!」
カバンを床にぽんと放り投げるやいなや、涼香は靴も脱ぎきらないうちに樹の胸元へと飛び込んできた。
樹の腰に両腕を回し、顔を胸元にぎゅっと押し当てる。背中に伝わる彼女の呼吸は少し荒く、体温は普段よりもずっと高い。
「涼香、ちょっと待って……! 靴、脱いでから——」
「やだ。脱がない……離れない。……図書室で、ずっと我慢してたんだから……」
甘く切ない声で囁きながら、涼香は樹の胸元に何度も頭を擦り寄せてくる。
学校での凛とした『氷山姫』の面影は微塵もなく、そこには樹の愛をひたすら求めて甘える、可憐な『妻』の姿しかなかった。
「……図書室でね、橘くんが隣にいるのに手しか握れないの……すごく焦れったかったのよ?」
涼香は顔を上げると、潤んだ琥珀色の瞳で樹をじっと見つめた。
薄桃色に染まった頬、少し開いた柔らかそうな唇。上目遣いで愛おしそうに樹を見つめるその表情に、樹の胸が苦しいほど高鳴る。
「……『他人のフリ』をするって決めたのは涼香でしょ?」
「……そうだけど。そうだけど……橘くんがバカ正直に約束を守って、私と目も合わせてくれないんだもの。……寂しくて、頭がおかしくなりそうだったんだから」
「ごめんね、涼香」
樹は苦笑しながら、涼香の華奢な体を抱き上げ、リビングのソファへと運んだ。
柔らかいクッションの上に優しく降ろされた涼香は、離れようとする樹の制服の袖口をキュッと掴んで放さない。
「……どこ行くの?」
「お茶淹れてくるよ。涼香も喉乾いたでしょ?」
「お茶なんていらない……。今はいらない……」
涼香はそのまま樹の手を強く引っ張り、自分の上に引き倒すように抱き寄せた。
二人の身体が密着し、重なり合う。涼香の甘いシャンプーの香りと、熟した果実のような熱い吐息が樹の顔を包み込む。
「……私を充電して。今日一日分……いいえ、一週間分の『旦那様』を……今すぐ私にちょうだい……」
「涼香……」
涼香は自分からつま先立ちになり、樹の首元に両腕を回した。
重ね合わされる唇。図書室でのささやかな接触とは比べものにならないほど、濃密で、熱く、お互いの存在を確かめ合うような接吻。
「んっ……ふぁ……っ……ツキ……っ」
甘い水音がリビングの静寂に響く。
何度も唇を離しては、どちらからともなく求め合い、再び深く重ね合わせる。
涼香の手が樹の制服のボタンをひとつ、またひとつと解いていき、直接肌に触れる手つきには狂おしいほどの愛おしさが込められていた。
「……ねえ、樹くん」
接吻の合間、涼香は荒い息を吐きながら、樹の耳元で甘く毒を吐くように囁いた。
「学校のみんなはね……私のことを『高嶺の花』だと思ってるの。誰も近づけない、冷たい氷の姫だって……」
「……うん」
「でも……本当の私は、こんなに淫らで、ワガママで……あなたに抱きしめられないと生きていけない……ただの甘えん坊なんだよ……?」
涼香は樹の左手を引き寄せ、その薬指にキスを落とした。
指先から伝わる彼女の唇の柔らかさと熱。
「……この姿を知っているのは、世界で橘樹だけ。……私をこんな体にした責任、ちゃんと取ってね……旦那様……」
「……後悔しても知らないよ、涼香」
樹の理性の糸が完全に切れ、涼香の細い腰をしっかりと抱きかかえた。
窓の外では街灯がぽつりと灯り始め、二人の甘い夜を静かに照らし出していく。
大学では「先輩と後輩」、家では「世界一甘い夫婦」。
二人の「秘密の関係」は、誰にも邪魔されない夜の静寂の中で、どこまでも深く、甘く解けていくのだった——。




