秘密の休日デートと、観覧車の頂上(てっぺん)で
「……樹くん、本当にこっちのルートで大丈夫なの?」
日曜日の午後。
人混みで溢れ返る大型ショッピングモールの敷地内で、夏目涼香は少し不安そうに周りを見回しながら、橘樹の袖口をちょこんと摘んでいた。
今日の彼女は、学校での凛とした制服姿でも、家での無防備なルームウェア姿でもない。
淡いベージュのロングスカートに、上品なオフショルダーのニット。少しだけ露出した白皙な肩と鎖骨が、午後の太陽を浴びて眩しく輝いている。
「大丈夫だよ。ここは大学のエリアからかなり離れているし、同じ学部の人が来る確率も低いから」
「……そうだけど。万が一、誰かに見つかったら……」
「『夏目先輩が私服で男とデートしてる』って噂になっちゃう?」
「〜〜っ!『デート』とか、普通に言わないで……!」
涼香は即座に耳まで真っ赤にし、持っていた日傘で樹の腕をぽかぽかと叩いた。
だが、その表情には嫌がる素振りなど欠片もなく、むしろ嬉しさを隠しきれない琥珀色の瞳が揺れている。
「……だって、二人で休日に外でお出かけなんて、すごく久しぶりでしょう? 私……今日のために、新しいお洋服も選んだんだから……」
「うん、すごく似合ってる。可愛すぎて、さっきから周りの男たちの視線が痛いよ」
「……ばか。私が見てほしいのは、世界であなたひとりだけよ」
涼香は小さく呟くと、周りの目を盗むようにして、樹の手をギュッと恋人繋ぎ(恋人繋ぎ)で握りしめた。
指と指が絡み合い、互いの体温がダイレクトに伝わってくる。
「……これ、離さないでね。迷子になっちゃうから」
「はいはい。しっかり握ってるよ、奥様」
◇
二人が向かったのは、モールに併設された臨海遊園地のランドマーク——巨大な観覧車だった。
休日の行列に並び、順番が巡ってくる。
スタッフに案内されてゴンドラに乗り込むと、重厚な扉が閉まり、外の雑踏が一気に遠のいた。
ガラス張りの小さな密室。
ゆっくりと高度を上げていくゴンドラの中で、涼香は窓の外に広がる街並みと海を眺めていた。
「すごい……! 樹くん、見て! 私たちのマンション、あっちの方角じゃない?」
「本当だ。上から見ると、街が小さく見えるね」
無邪気に喜ぶ涼香の姿は、まるで少女のように愛くるしい。
樹がそんな彼女を愛おしそうに見つめていると、涼香はふと動きを止め、樹の隣へと席を移動してきた。
狭いシートの上で、二人の太ももがぴたりと重なり合う。
「……涼香?」
「……ねえ、樹くん。観覧車ってね……一番高いところでキスをしたカップルは、永遠に結ばれるっていうおまじないがあるらしいわ」
涼香の声は少し震えていて、上目遣いに樹を見つめる瞳は、夕日の光を受けて甘く潤んでいた。
「……そんなジンクス、どこで聞いたの?」
「……さっき、並んでいる時に女子高生たちが話しているのが聞こえたの。……笑う?」
「笑わないよ。……すごく、涼香らしいなって思って」
ゴンドラがゆっくりと頂点へと達する。
窓の外には、茜色に染まる美しい海と夕空が広がっていた。
「……樹くん」
「ん?」
「私……学校で『完璧な先輩』を演じるのも、もう全然平気。どれだけ周りに冷たく接しても、孤独じゃないって知っているから」
涼香は樹の胸元に手を当て、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「だって、家に帰れば私の名前を優しく呼んでくれる旦那様がいて……こうして私だけを愛してくれるんだもの。……橘樹という人が私の世界にいてくれるだけで、私は世界一幸福な女の子になれるの」
「涼香……」
胸の奥から込み上げる愛おしさに耐えきれず、樹は涼香の細い腰を引き寄せた。
「僕の方こそだよ。涼香がいてくれるから、毎日がこんなに愛おしい。……一生、離さないから」
頂点を越えた瞬間の静寂の中。
二人の唇が、ゆっくりと、けれど深く重なり合った。
夕陽の光が二人を優しく包み込み、重ね合わせた唇から甘い吐息がこぼれ落ちる。
一度では足りず、二度、三度と、確かめ合うように何度も接吻を繰り返す。
「……んっ……ツキ……大好き……っ」
「僕も大好きだよ、涼香」
指を強く絡め合い、互いの鼓動を感じながら、二人は高い空の上で甘く狂おしい時間を貪り合った。
地上へ戻る頃には、二人の薬指に嵌められたプラチナのペアリングが、夕暮れの光の中で一層強く、永遠の絆を証明するように輝いていたのだった——。




