月夜の誓いと、素肌の熱
初夏の夜風が本郷のマンションのベランダを吹き抜け、薄手のレースカーテンを静かに揺らしていた。
昼間の嫉妬を甘く解かされるように重ね合わせた唇からは、互いの熱い吐息が溢れ出し、リビングの静寂の中に柔らかな音を響かせていた。
「ん……っ……ツキ……っ……」
樹の首元に回された涼香の細い腕に、キュッと力がこもる。
昼間の学食で見せていた凛とした「完璧な夏目先輩」の面影はどこにもない。樹の胸元に顔を埋め、上気した頬を擦り寄せてくる彼女は、ただ樹の愛を一心に求めるひとりの可憐な「妻」だった。
「……涼香、僕……本当に君のことが好きすぎて、時々おかしくなりそうになるよ」
「ふふ……おかしくなってもいいのよ? だって私……あなたのものなんだから……」
涼香はうっとりと潤んだ琥珀色の瞳で樹を見つめると、自分からそっと樹の左手を引き寄せ、愛おしそうにその薬指へ唇を落とした。月光を浴びてキラリと輝くプラチナのペアリングに、彼女の温かな吐息が吹きかけられる。
「外でどれだけの人に囲まれてもね……私の心が跳ね上がるのは、あなたに名前を呼ばれた時だけ。私が本当に愛されたいと願っているのは、世界で橘樹という旦那様だけなの……」
「涼香……」
愛おしさが胸の奥から溢れ出し、樹は彼女の細い腰を抱き上げると、そのまま静かに寝室へと向かった。
……
カーテンを閉め切った寝室の中、ほのかな街灯の光が室内を柔らかく照らし出していた。
ベッドの上に優しく降ろされた涼香は、散らばる黒髪の間から樹を見上げ、照れくさそうに、けれど拒むことなくその手を伸ばした。
「樹くん……電気、消さなくてもいいの……?」
「涼香の綺麗な顔……ちゃんと見ていたいんだ」
「もう……恥ずかしがり屋のくせに、こういう時だけはいじわるなんだから……っ」
涼香は赤面しながらも、樹の手をしっかりと握り返した。
重ね合わされる唇、直接肌と肌が触れ合うたびに伝わってくる熱量。お互いの鼓動がひとつに重なり合っていく感覚に、涼香の口からは甘い切ない声が漏れ出す。
「……ツキ……大好き……っ。私を……もっと深く、抱きしめて……」
二人で乗り越えてきた季節の数だけ、刻まれてきた愛の誓い。
指と指を強く絡め合いながら、夜が更けるのも忘れて、二人は何度も互いの存在を確かめ合うように甘い時間を貪り合ったのだった。
……
翌朝。
小鳥のさえずりと、薄カーテン越しに差し込む柔らかな朝陽で、樹は目を覚ました。
隣を見れば、樹の腕を枕代わりにし、すっぽりと胸元に収まった涼香が静かな寝息を立てていた。その表情は昨夜の艶っぽさとは打って変わり、一切の警戒心もない、満ち足りた子供のような愛くるしさに満ちている。
樹がそっと彼女の髪を撫でると、涼香は「ん……」と可愛らしく眉を寄せ、吸い寄せられるようにさらに樹の体に密着してきた。
「おはよ、樹くん……」
「おはよう、涼香。よく眠れた?」
「ええ……あなたの腕の中が、世界で一番温かくて、気持ちいいもの……」
涼香はうっすらと目をあけると、樹の顎にちゅっと軽いキスを落とした。
「ねえ、旦那様。今日の朝食……二人で一緒に作りましょう? 私、あなたと一緒にキッチンに立つの、大好きなの」
「うん、喜んで。涼香の特製玉子焼き、楽しみにしているね」
ふたりで笑い合いながら、朝の光の中でそっと唇を重ね合わせる。
大学では「先輩と後輩」、家では「世界一甘い夫婦」。
ふたつの顔を持ちながらも、二人の愛は新緑の季節とともに、どこまでも強く、深く芽吹き続けていくのだった——。




