甘い夜の約束と、夫婦の距離
キャンパスを包む夕闇が深まり、街灯が本郷の街並みを柔らかく照らし始める頃。樹と涼香のふたりは、スーパーで買った食材の袋を手に、仲良く並んでマンションの部屋へと帰ってきた。
玄関の鍵を開け、部屋に入った瞬間に漂う、いつもの温かい我が家の匂い。
「ふぅ……ただいま、我が家」
涼香は履いていたヒールを脱ぐと、待っていましたと言わんばかりに樹の背中に後ろからギュッと抱きついた。
「わっ……涼香? 荷物、置かせて……」
「ダメ。まずは『おかえり』の充電が先よ……」
背中に伝わる涼香の柔らかい体温と、甘いシャンプーの香り。大学で見せていた「凛とした完璧な夏目先輩」の面影はもうどこにもなく、そこには樹の愛を全身で求めて甘える、世界一可愛らしい妻の姿だけがあった。
「ただいま、涼香。今日もお疲れ様」
樹が振り返り、優しくその細い腰を抱き寄せると、涼香は琥珀色の瞳をうっとりと潤ませ、背伸びをして樹の唇にそっと kissesを重ねた。
「お帰りなさい、私の樹くん……。ねえ、昼間に約束したこと……覚えてるかしら?」
涼香の指先が、樹のシャツの第一ボタンをゆっくりと外し始める。
「『帰ったら逃がさない』って……言ってくれたわよね? 私、お風呂の準備……してくるわね」
赤面しながらも嬉しそうに浴室へ向かう涼香の背中を見送りながら、樹は胸の奥が高鳴るのを抑えきれずにいた。
……
湯気がゆらゆらと舞うバスルーム。
温かな湯船の中で、ふたりは背中を預け合うようにしっかりと抱き合っていた。
「……ん……っ……ツキ……っ……」
水面に浮かぶ涼香の桜色の肌と、濡れた黒髪がうなじに吸い付く光景は、息をのむほどに美しかった。樹がその細い肩を抱き寄せ、何度も優しく唇を重ねるたびに、涼香の口からは甘い吐息がこぼれ落ちる。
「私ね……大学でどれだけ周りから頼られても、本当はすごく不安になるの。……でも、こうしてあなたの温もりに包まれると、自分が『樹くんの愛されている妻』なんだって実感できて……心がすごく満たされるの」
「涼香……。外でどんなに頑張ってもいいけれど、ここ(家)では絶対に無理をしないでね。僕の前では、いつだって甘えていいんだから」
「ええ……ありがとう、旦那様……っ」
湯気の中で重なるふたりの鼓動。
新学期の忙しさの中でも、橘樹と夏目涼香の愛は、どんな季節よりも強く、甘く、深く結ばれ続けていくのだった——。




