秋の駒場祭と、キャンパスの甘い応援歌
十月下旬、秋深まる東京大学・駒場キャンパス。
校内の銀杏並木が鮮やかな金色に染まり、澄み切った秋空の下、年に一度のビッグイベント『駒場祭』が盛大に開催されていた。
大勢の学生や来場者でごった返すキャンパスの正門前で、橘樹は聖華高校の制服の上にダッフルコートを羽織り、約束の場所で立ち尽くしていた。
「……すごい人だな……さすがT大の文化祭……」
周りを見渡すと、有名進学校の高校生や、楽しそうに笑い合う大学生たちで溢れかえっている。
樹が少し緊張気味にスマホの時計を確認した、その時――
「樹くん……!」
秋風に乗って、聞き慣れた愛おしい声が響いた。
樹が振り返った瞬間、周囲の来場者や男子学生たちの視線が一斉に一箇所へと集中した。
人ごみを分けて駆け寄ってきたのは、法學部の模擬法廷企画の特製制服――紺色の洗練されたジャケットにチェックのミニスカート、そして胸元に法學部のエンブレムをあしらった姿の夏目涼香だった。
綺麗に整えられた黒髪となびくスカート、そして相変わらずの圧倒的な美貌。
周囲の男子学生たちが「えっ、あの子法学部の夏目さんじゃない!?」「超絶綺麗な子がこっち走ってくる……!」とどよめく中、涼香は周りの視線など一切視界に入れず、樹の胸元へ全力で飛びついてきた。
「きゃっ……!? 涼香!?」
「樹くん……! 待たせちゃったかしら? 模擬裁判の発表が長引いてしまって……」
涼香は樹の首元に両腕を回すと、つま先立ちをして樹の頬にちゅっと甘い口づけを落とした。
「り、涼香……っ!? 周りに人がたくさんいますよ……っ!」
真顔で堂々と接吻を交わす二人の姿に、周りのT大生や高校生たちが「えええええっ!」「あの夏目さんが男子高校生に抱きついてる……!」「あれが噂の『年下の旦那様』!?」と大パニックに陥る。
涼香はクスッと優雅に微笑むと、周りのどよめきなどどこ吹く風で、樹の右腕を自分の両腕でギュッと抱きかかえ、豊満な胸元に押し当てた。
「いいじゃない。今日は私たちが一年後に『二人で通うキャンパス』の下見なんだもの。私の大好きな旦那様を案内するのは、妻としての当然の義務よ」
誇らしげに胸を張る涼香。
樹は照れくささに顔を真っ赤にしながらも、彼女の熱い体温と愛おしさに包まれ、強く頷いた。
二人は涼香の案内で、賑やかな駒場祭の模擬店を巡った。
たこ焼きやチュロスを買い食いしながら銀杏並木を歩く二人。
涼香は「はい、樹くん。あーんして?」と、周りの学生が見ている前で堂々と樹の口にたこ焼きを運んであげる。
「あ、甘いです涼香……! 周りの人たちがすごく見ています……!」
「見ていればいいわ。……私には樹くんしか見えていないんだもの。それにね……『夏目涼香には世界一かっこいい高校生の旦那様がいる』って全学に知れ渡った方が、余計な虫が寄ってこなくて好都合よ」
涼香は樹の腕にさらに強く擦り寄り、琥珀色の瞳を愛おしそうに細めた。
模試でA判定を叩き出し、秋の東大実戦模試に向けて着実に実力をつけている樹。
その凛々しく引き締まった横顔を見つめるたびに、涼香の胸からは甘い誇らしさが溢れ出てくる。
「さあ、最後に見せたい場所があるの。行きましょう、樹くん」
涼香が樹を連れてきたのは、賑やかな模擬店エリアから少し離れた、静かな大講義室だった。
休日の講義室は誰もおらず、西日のオレンジ色の光が大きな窓から差し込み、長い木製のデスクと階段状の座席を温かく照らしている。
「ここは……?」
「T大で一番大きな講義室よ。……来年の春、私とあなたがここで並んで講義を受ける場所」
涼香は講義室の最前列のデスクに腰掛けると、樹の手を引っ張って自分の隣に座らせた。
静寂に包まれた広大な講義室。
夕暮れの光の中で、二人の影が静かに重なり合う。
「……すごいな。ここで涼香は毎日勉強しているんだね」
「ええ。でもね……隣にあなたがいない講義は、少しだけ寂しいの」
涼香は樹の手を自分の両手で包み込むと、静かに樹の肩に頭を預けてきた。
「秋の模試、そして直前講習……これから冬に向けて、受験生活は一番苦しい時期に入るわ。焦りや不安で、胸が潰れそうになる夜もあるかもしれない」
涼香は顔を上げると、夕日に照らされた熱く潤んだ琥珀色の瞳で樹の瞳をまっすぐに見つめた。
「でも忘れないで、樹くん。私はいつでも新居であなたを待っているわ。あなたが帰ってくる温かい場所も、美味しいお夕飯も、私のこの抱擁も……全部全部、あなたのものよ」
涼香はそっと首元のジャケットのボタンを外し、服の上から胸元のサファイアのネックレスを樹の手のひらに握らせた。
「これは、あなたと私の約束の証。……苦しくなったら、私の体温を思い出して」
涼香はそのまま樹の首元に手を回し、静かな大講義室の中で、深く、深々と唇を重ね合わせた。
夕暮れのオレンジ色に染まるT大の講義室。
秋風が窓を優しく揺らす中、二人は何度も角度を変えて、誓いの接吻を交わし続けた。
「……樹くん。私を……あの春の赤門前で、もう一度抱きしめてね?」
「……はい! 絶対に勝ち取って、涼香の隣に立ちます……!」
文化祭の喧騒の裏で深められた、二人だけの誓いと温もり。
いよいよやってくる運命の「冬の直前期」へ向けて、二人の純愛はどこまでも強く、美しく燃え上がるのだった。




