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東大模試の歓喜と、夜空に咲く夏の花火

八月上旬、真夏の太陽が燦々と照りつけ、蝉時雨が街中に響き渡る午後。

新居のリビングで、橘樹たちばな いつきはパソコンの画面の前で固まっていた。


画面に表示されているのは、七月に受験した『夏期東大即応模試』のweb成績照会ページ。

恐る恐るマウスクリックで詳細を開いた瞬間、樹の瞳が大きく見開かれた。


『第一志望:東京大学 文科一類 判定:A判定(全国順位 12位)』


「……え……えええええっ!? A判定……!? じ、十二位……!?」


叫び声を聞きつけて、キッチンからスイカを載せたお皿を持った夏目涼香なつめ すずかが飛んできた。

薄手のノースリーブブラウスにショートパンツ姿の涼香は、樹の肩越しに画面を覗き込むと、琥珀色の瞳を極限まで見開いた。


「樹くん……これ……!」


「涼香……っ! 僕、A判定取りました……! T大の即応模試で、全国一十二位です……!」


樹が振り向いた瞬間、涼香は持っていたお皿をテーブルにドサリと置くと、涙をぽろぽろとこぼしながら樹の首元へ全力で飛びついてきた。


「樹くん……! 樹くん……っ!! すごい……すごいわ……っ!」


「り、涼香!? 泣かないでください……っ!」


「泣くわよ……! だって……あなたがどれだけ努力していたか、一番近くで見ていたんだもの……っ!」


涼香は樹の胸元に顔をうずめ、感極まったように声を詰まらせた。

かつて全校生徒の憧れの標的であり、冷徹無比と恐れられた『氷山姫』。しかし今の彼女は、愛する彼氏の勝利を自分のこと以上に喜び、涙を流す愛おしい一人の少女だった。


「私の専属指導の成果でもあるけれど……これは全部、あなたが私に追いつくために命がけで頑張った結果よ! 本当におめでとう、私の自慢の旦那様……!」


「……涼香……。ありがとう、涼香が毎日隣で支えてくれたおかげです」


樹は愛おしさに胸を締め付けられながら、彼女の華奢な背中を強く、強く抱きしめ返した。


その日の夕方。

模試の合格祝いとして、二人は『隅田川花火大会』へ出かけることになっていた。


リビングのドアが開き、着替えを終えた涼香が姿を現した瞬間、樹は息を呑んで立ち尽くした。


「……樹くん? どうかしら……変じゃないかしら?」


そこにいたのは、深い紺地に鮮やかな大輪の朝顔が描かれた優雅な浴衣を身に纏った涼香だった。

うなじを見せるように綺麗にアップにまとめられた黒髪からは、うなじの白い肌が覗き、淡いピンクの帯が彼女の細い腰元を美しく引き締めている。


普段の凛としたスーツ姿や可愛らしい部屋着とは一線を画す、圧倒的な和風美人の艶やかさ。


「変なんて……とんでもないです……! 綺麗すぎて……言葉が出ません……」


樹が呆然と呟くと、涼香の頬がぽっと熱を帯び、琥珀色の瞳が愛おしそうに揺れた。


「ふふ、良かった。……あなたに一番綺麗な私を見せたくて、お母様に頼んで誂えてもらったの」


涼香はしとやかに樹の元へ歩み寄ると、樹の袖口をギュッと掴み、上目遣いで微笑んだ。


「さあ、行きましょうか。二人だけの夏の特別な思い出を作りに行きましょう?」


隅田川の沿道は、花火大会を楽しむ大勢の浴衣姿の客で溢れかえっていた。

人ごみの中で離れ離れにならないよう、樹は涼香の手をぎゅっと力強く握りしめた。


「涼香、人がすごいですから……絶対離れないでくださいね」


「ええ、離れないわ。……ううん、一生離してあげないわよ?」


涼香はクスッと微笑むと、樹の繋いだ手にさらに自分の指を絡め、『恋人繋ぎ』に変えて強く握り返してきた。


二人は涼香が事前に予約してくれていた、川沿いの高級料亭の特設テラス席へと案内された。

人混みの喧噪から離れた二人だけの特等席。眼下には隅田川の川面が広がり、夜風が涼香の浴衣の裾を優しく揺らしている。


冷えたラムネで乾杯し、美味しい懐石料理に舌鼓を打っていると――


ヒュゥゥゥゥゥ……ッ!!


夜空をつんざく音とともに、漆黒の空に巨大な金色の光の大輪が咲き誇った。


ドンッ……!!


お腹に響く重低音とともに、夜空が赤、青、金色の光で埋め尽くされる。


「わあ……! すごい……きれい……!」


花火の光に照らし出される涼香の横顔。

そのあまりの美しさに、樹は花火よりも涼香の顔から目を離すことができなくなっていた。


それに気づいた涼香は、ゆっくりと樹の方へ顔を向けると、光の余韻の中で琥珀色の瞳を熱く揺らした。


「……花火より、私を見てくれているの?」


「あ……す、すみません! 涼香が……あまりにも綺麗で……」


「いいのよ。……私もね、花火より……あなたの顔を見ている方がずっと幸せなんだから」


涼香は椅子から立ち上がると、樹の隣へと歩み寄り、そのまま樹の膝の上にすっぽりと腰掛けた。

浴衣の帯が少し擦れる音とともに、彼女の甘い体香と熱気が樹の全身を包み込む。


「り、涼香!? テラス席とはいえ、外ですよ……っ!?」


「いいじゃない、誰も見ていないわ。……それにね、樹くん。私、ずっとあなたに言いたかったことがあるの」


涼香は樹の首元に両腕を回すと、ドーンと夜空に打ち上がる大輪の花火を背景に、樹の耳元へ顔を寄せた。


「私がT大に入ってから……大学の男子学生たちにたくさん声をかけられたわ。でもね、私の心には……あなた以外の男の人なんて、最初から一人も入る隙間なんてなかったの」


涼香は樹の胸元に強く顔を押し当て、心臓の鼓動を確かめるように愛を囁いた。


「私の誇りも、私の心も、私の身体も……人生のすべては、橘樹というあなただけのものよ。一年後、あなたがT大に合格したら……私を本当の『夏目涼香』から『橘涼香』にして戴戴ね?」


花火の音をもかき消すほどの、圧倒的で濃密な求婚にも似た愛の告白。

樹の胸に、熱く激しい情熱が込み上げてきた。


「……涼香……っ! はい……! 絶対に……絶対にT大に合格して、涼香を世界一幸せな僕の奥さんにしてみせます……!」


樹が力強く抱き返すと、涼香は溢れ出る嬉しさに瞳を潤ませ、樹の唇へと自分の唇を深く重ね合わせた。


夜空に次々と咲き誇る一万発の光の結晶。

その光に照らされながら、二人は何度も、何度も深く接吻を交わし続けた。


過酷な夏を乗り越え、秋の本格的な受験期へ。

二人だけの揺るぎない絆と確信を得た二人の純愛は、合格という最高の春のゴールへ向けて、どこまでも甘く、美しく輝き続けるのだった。

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