ふたりだけの初夜と、解禁された甘い温もり
四月一日、春風が桜の花びらを優しく運ぶ、佳き日。
T大の入学式を翌日に控えたこの日、橘樹と夏目涼香の新しい城――ふたりだけの新居に、すべての荷物と家具が運び込まれた。
段ボール箱がすっきりと片付き、新しい家具の香りと春の日差しが満ちるリビング。
「……ふぅ! これで荷解きは完璧ね!」
涼香はエプロンの裾を軽く整え、満足そうに胸を張った。
私服の薄桃色のニットの上に、先日新宿で買った淡い花柄の新婚エプロンを身につけた姿は、どこからどう見ても可憐な『新妻』そのものだった。
「涼香、お疲れ様です。……それにしても、そのエプロン姿……本当に似合っていて可愛すぎます」
樹が素直に感嘆の声を上げると、涼香の琥珀色の瞳が嬉しそうに緩み、 cheeks がぽっと櫻色に染まった。
「ふふ、ありがとう。……さあ、今夜はふたりの『同居初日』のお祝いよ。私とあなたで、とびっきり美味しいお夕飯を作りましょう?」
「はい! 喜んで手伝います、僕の奥さん」
ふたりで並んで立つ、真新しいシステムキッチン。
野菜を刻む涼香の隣で、樹が出汁を割り、フライパンを振る。
腕が触れ合うほどの距離で、お互いの息遣いを感じながら料理を作る時間――それだけで、ふたりの胸には溢れんばかりの幸福感が満ちていた。
テーブルに並べられたのは、ふたりの大好物である特製ハンバーグと、彩り鮮やかなサラダ、そして溫かいお味噌汁。
「「いただきます」」
手を合わせ、一口食べた涼香の表情がパッと華やいだ。
「……美味しい……! 樹くんのお味噌汁は、やっぱり世界一お腹と心に染み渡るわ……」
「涼香の作ったハンバーグもジューシーで最高ですよ。……こうしてふたりで並んで『いただきます』って言えるの、本当に夢みたいですね」
「夢じゃないわよ、樹くん」
涼香はテーブル越しに樹の手をそっと握りしめ、愛おしそうに目を細めた。
「これからは毎日、朝も夜も……こうしてあなたとご飯を食べるの。……私、世界で一番幸せな女の子だわ」
夕食を終え、ふたりで仲良くお皿を洗い、お風呂を済ませると、時刻は夜の十時を回っていた。
照明を少し落とした、静かな寝室。
部屋の中央に鎮座するのは、ふたりで選んだ大きなダブルベッド。
お風呂上がりの甘い石鹸の香りを漂わせ、しっとりと濡れた黒髪を肩に流した涼香が、浴衣風のルームウェア姿でベッドの縁に腰掛けていた。
樹が部屋に入ってくると、涼香はそっと布団を捲り、上目遣いで樹を見つめた。
「……樹くん。おいで?」
樹の心臓が、どくんと大きく跳ね上がった。
「り、涼香……本当に、同じベッドで寝るんですね……?」
「当たり前じゃない。……何をいまさら照れているの? 私たちは今日から『一緒に暮らす』のよ?」
涼香は樹の手をギュッと引っ張り、ベッドの中へと引き入れた。
ふたりの身体が柔らかいマットレスに沈み込み、一枚の掛け布団の中で、ふたりの体温が密着する。
ふわりと香る涼香の甘い体香と、肌から伝わってくる熱。
樹が緊張で身を固くしていると、涼香は逃がさないと言わんばかりに樹の胸元へすり寄り、彼の首元に両腕を回してきた。
「……ん……温かい……。樹くんの胸の音……すごく大きく鳴っているわ」
「そ、それは……涼香が可愛すぎて、心臓が持ちそうにないからです……っ」
樹が正直に白状すると、涼香は嬉しそうにクスッと笑い、樹の首元に顔を深く埋めた。
「……ふふ、かわいい旦那様。……ねえ、樹くん」
「はい、涼香」
「受験が終わるまで……そして今日まで、私ね、ずっと我慢していたの」
涼香はゆっくりと顔を上げると、熱く潤んだ琥珀色の瞳で樹の瞳をまっすぐに見つめた。
「あなたに思い切り甘えたかった。あなたの抱擁も、あなたの口づけも……全部、私だけのものにしたかった。……もう、誰にも遠慮なんてしないわ」
涼香はそっと背伸びをし、樹の唇に自分の唇を重ねた。
一度、二度、三度――。
甘く、深く、愛を確かめ合うような繰り返される口づけ。
かつて冷徹で孤独だった『氷山姫』は完全に溶け去り、そこにあるのは大好きな彼からの愛を求めて全身で甘える、愛おしい『最愛の恋人』の姿。
「……樹くん。私を抱きしめて……あなたの腕の中で、朝まで離さないで……」
「……はい、涼香。一生……どこにも行きません。ずっと抱きしめています」
樹は力強く腕に力を込め、彼女の華奢な身体を包み込むように強く、深く抱きしめ返した。
ベランダの向こう、東京の夜空には静かに春の星々が輝いている。
過酷な試練と冬を乗り越え、ついに辿り着いた二人だけの甘く輝かしい城。
二人の純愛は、明日から始まる「二人きりの同居新生活」という最高の春の中で、どこまでも甘く、永遠に輝き続けるのだった。




