↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/120

夜風の告白と、二人だけの秘密

翌日の夜、十時すぎ。


橘樹(たちばな いつき)は綺麗に洗って乾かしたタッパーを手に、ベランダへと出た。

夜風が心地よく頬を撫でる。隣の302号室に目をやると、部屋の明かりが漏れ、サッシが少しだけ開いていた。


「夏目先輩、起きてますか?」


一秒、二秒。

返事がないかと思った矢先、サッシがスーッと開き、ゆるい部屋着姿の夏目涼香(なつめ すずか)が顔を出した。お団子にまとめた髪から落ちた後れ毛が、夜風に揺れている。


「……橘くん? こんな夜遅くに何?」


「タッパー、綺麗に洗ったので返しに来ました。昨日は本当にごちそうさまでした」


樹が隔て板の隙間から差し出すと、涼香は「わざわざどうも」と素っ気なく受け取った。

だが、彼女は部屋に戻ろうとせず、ベランダの手すりにそっと両手を置いた。


「……美味しかった?」


夜空を見上げたまま、涼香がぽつりと呟く。


「めちゃくちゃ美味しかったです。出汁巻き卵も筑前煮も最高でした。……正直、もっと食べたかったです」


「ふん、調子の良いこと言って」


鼻を鳴らしたものの、その口元が満足そうに緩んだのを樹は見逃さなかった。


「本当ですよ。あんなに美味しい手料理を食べたの、久しぶりでしたから」


樹の言葉に、涼香はふと視線を落とした。


「……あなた、両親は?」


「海外赴任中です。だから基本、ずっと一人暮らしですよ。毎日の飯はコンビニかインスタントばかりで」


「……そう」


涼香は何かを思い出すように、遠い目をした。


「私の家も……両親は忙しくて滅多に家にいないわ。家政婦さんが食事を用意してくれるけれど……大きなテーブルで一人で食べる食事は、あまり味がしないの」


「先輩……」


「だから料理を覚えたのよ。自分で作ったものなら、少しは食べようって思えるから。……まあ、結局作りすぎて余らせちゃうんだけどね」


自嘲気味に笑う涼香。

學校では『完璧な氷山姫』として崇められている彼女も、ここではただの寂しがり屋な一人の女の子なのだと、樹は痛感した。


「じゃあ……ちょうどいいですね」


樹はベランダの手すりに肘を預け、涼香に向かってニッと笑いかけた。


「先輩が作りすぎた料理は、僕が全部引き受けますよ。僕はおいしい手料理が食べられて嬉しいし、先輩も残さずに済む。お互いウィンウィンじゃないですか」


「……っ」


涼香は目を見開き、暗がりの中でもわかるほど頬を朱に染めた。


「な、なに言ってるのよバカ! それじゃまるで……私が毎日あなたのご飯を作ってあげるみたいじゃない!」


「駄目ですか?」


「だ、駄目に決まっているでしょう! 私はあなたの母親でもお手伝いさんでもないのよ!?」


慌てて抗議する涼香の姿が可笑しくて、樹は思わず吹き出してしまった。


「冗談ですって。無理にとは言いませんよ。でも、もしまた余ったら、いつでも声をかけてください」


「……調子の良い奴」


涼香はぷいっと横を向いたが、どこか救われたような柔らかい表情を浮かべていた。


「……あ、そうだ。橘くん」


部屋に戻りかけた涼香が足を止め、琥珀色の瞳で樹を見つめた。


「学校では……今まで通り、他人のフリをしなさいね」


「分かってます。学校で僕たちが仲良くしてたら、先輩のファンクラブに命を狙われそうですから」


「そういう理由じゃないけれど……まあ、いいわ」


涼香は少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「これは、私とあなたの……秘密の関係なんだから」


「……!」


その言葉と、夜風に乗って届いた甘い微笑みに、樹の心臓がドクンと大きく跳ね上がった。


「じゃあね、橘くん。おやすみなさい」


サッシが閉まり、302号室から人影が消えた。

一人残された樹は胸に手を当て、苦笑いを浮かべた。


(秘密の関係、か……。そんな顔で言われたら、意識しない方が無理だろ)


靜かな夜の空氣の中、樹の胸の奥で、確かに新しい感情の芽が動き始めていた——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

最後までお読みいただきありがとうございます!

「夏目先輩のギャップ萌えが可愛い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
ページ下部の【★★★★★】評価とブックマーク登録で応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!✨

※皆様の星とブックマークが作者の執筆の原動力です!

― 新着の感想 ―
主人公が意外とガンガンいくんで、おー、やるねぇと思いながら読んでしまいました。先輩もタジタジな感じが微笑ましかったです。今回もとても面白かったです。
一気に読みました!ベランダの隔て板越しという距離感が絶妙で、深夜のやりとりにずっとニヤニヤしっぱなしでした。出汁巻き卵を褒められて真っ赤になり、逃げるように帰っていく涼香先輩が可愛すぎます。一方で、一…
Xの企画から来ました! 秘密の関係なんて(*ノωノ)かわいくもきゅんとしちゃいますね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。