晴れ着の姫君と、初詣の恋みくじ
一月一日、元旦。
雲ひとつない澄み切った初空のもと、新しい一年の幕が開けた。
橘樹は、待ち合わせ場所である有名な神社の大きな鳥居の前で、息を白く吐き出しながら立ち尽くしていた。
クリスマスから一週間。年末年始はお互いの実家への挨拶などで数日間会えない日が続いていたため、今日が新年最初のデートだった。
(……涼香、そろそろ来るかな)
樹が手袋をした手を擦り合わせながら境内の階段を見上げていると、参道の人ごみの中から、ふっと一際華やかな雰囲気が漂ってきた。
「……あ、樹くん」
声がした方を振り返った樹は、あまりの美しさに息をのんだ。
そこに立っていたのは――鮮やかな薄紫色の生地に、凛とした白百合と金の刺繍が施された豪華な振袖(晴れ着)を纏った夏目涼香だった。
綺麗な黒髪は上品にアップスタイルにまとめられ、うなじから覗く白く美しい首筋。少し高めのぽっくりを下駄の代わりに履き、照れくさそうにバッグの帯をぎゅっと握りしめている。
「……な、なにを黙って見つめているのよ」
涼香の琥珀色の瞳が揺れ、頬がほんのりと桃色に染まる。
「涼香……すごく……すごく綺麗です……! 言葉が出ないくらい……」
「……ふん、当たり前でしょう。あなたに見せるために、今朝四時に起きて着付けしてもらったんだから……」
涼香はツンと澄ましてみせたが、嬉しさを隠しきれず、袖のフリルをそっと広げて樹に見せてくれた。
「……変じゃないかしら?」
「変なわけないです! 世界で一番美しいお姫様ですよ」
「〜っ! またそういうことを平然と言う……!」
涼香は真っ赤になって顔を袖で隠すと、おずおずと手を差し出してきた。
「……着物、少し歩きにくいの。……手を、貸してくれない?」
「はい、喜んで」
樹は手袋を外し、涼香の細くて暖かい素手をギュッと握りしめた。
新年の冷たい空気の中、ふたりの手と手を通じて温かい熱が伝わっていく。
境内は新年を祝う多くの参拝客でごった返していた。
二人は並んで本殿の前へと進み、お賽銭を投げ入れて二礼二拍手一礼の作法を済ませた。
(今年も、涼香とずっと一緒にいられますように。彼女を笑顔にできますように……)
樹が心の中で強く祈りを捧げ、目を開けると――隣の涼香はまだ静かに目を閉じ、かなり長い時間、一生懸命に手を合わせていた。
「涼香、何をそんなに長く祈っていたんですか?」
境内を歩きながら樹が尋ねると、涼香は少し恥ずかしそうに下を向いた。
「……神様に、たくさんお願いしたの」
「たくさん?」
「ええ。『樹くんが健康でいられますように』『樹くんの成績が上がりますように』……それから『私と樹くんが、来年も再来年も、ずっと離れませんように』って」
樹のための祈りと、ふたりの未来を願う素直な想い。
樹の胸の奥がじんわりと熱くなった。
「僕も、まったく同じことを祈っていましたよ」
「……ふふ、やっぱり私たち、考えることが同じね」
そう言って柔らかく微笑む涼香の表情は、新年の初日の出よりも眩しく輝いていた。
「ねえ、樹くん。あっちで『おみくじ』をやっているわ。引いてみない?」
「いいですね! 行きましょう」
二人は社務所に並び、新年の運勢を占う『恋みくじ』を一つずつ買い求めた。
「せーので開けましょうか」
「ええ。……なんだか緊張するわね」
二人で息を整え、そっと和紙の結び目を解く。
「……あ、僕は『吉』でした! 『焦らず愛を育めば、必ず結ばれる』って書いてあります」
「ふ~ん、悪くないじゃない。じゃあ……私は……」
涼香が自分の籤を開くと、そこには一際大きな文字で書かれていた。
『大吉』
「わあ! 涼香、大吉ですよ! すごいです!」
「ええ……! 『相性最高。運命の相手。今夜、深い絆で結ばれるでしょう』……って、ちょっと待ちなさいよ!?」
和紙に書かれた文章を読み上げた涼香は、途中で文字の意味に気づき、顔を真っ赤にして固まってしまった。
「『今夜、深い絆で結ばれる』って……な、なにを書いてあるのよこの神社は~っ!?」
「り、涼香、それはただの例えですよ……!」
「〜っ! べ、別に私はそんな不純なことを考えていたわけじゃないわよ!? ただ、あなたとずっと一緒にいたいなって思っていただけで……!」
パニックになって和紙を胸元にぎゅっと抱え込む涼香。
そのあまりの可憐さと可笑しさに、樹は思わずクスッと笑ってしまった。
「笑わないでよ、樹くんのバカ!」
ぽかぽかと樹の腕を振袖の袖で叩いてくる涼香。
照れ隠しのその動作すら愛おしくて、樹は彼女の手をもう一度しっかりと握り直した。
参拝を終えた帰り道。
神社近くの古い甘味処で、二人は温かいおぜんざいを食べることにした。
湯気が立つお椀を前に、ほっと一息つく涼香。
「……ねえ、樹くん」
「はい?」
「今年は……私、三年生になるの」
涼香の表情が少しだけ切なさを含んだものへと変わった。
「受験もあるし……学校であなたと一緒にいられる時間も、今までより減ってしまうかもしれない」
卒業という二文字が、少しずつ現実味を帯びて近づいてくる時期。
涼香は不安そうに、お椀を持つ手をキュッと握りしめた。
「でもね……私、絶対にあなたから逃げたりしない。どんなに忙しくても、あなたとの時間を一番に大切にするわ」
琥珀色の瞳に宿る、強い意志と一途な愛情。
樹は力強く頷き、テーブルの下で彼女の手に自分の手を重ねた。
「僕もです、涼香。涼香が受験で大変なときは、僕が全力で支えます。学年が上がっても、僕たちの関係は何も変わりません」
「……樹くん……」
「大吉のくじにも書いてあったじゃないですか。『最高の相性』だって」
樹が微笑むと、涼香もまた目元をゆるませ、愛おしそうに樹の手を握り返した。
「……そうね。私たちが一緒なら、どんなことも乗り越えられるわ」
温かいおぜんざいの甘さと、互いを想い合う熱い絆。
新年の始まりに交わした言葉は、ふたりの未来をどこまでも明るく照らしていくのだった。




