キャンドルの揺らめきと、聖夜のプレゼント
十二月二十四日、クリスマスイブ。
しんしんと冷え込む冬の夜空には満天の星が輝き、街はきらびやかな聖夜の祝福に包まれていた。
橘樹は、いつも以上に心臓を鳴らしながら涼香の部屋のドアを叩いた。
カチャリ、とドアが開くと――
「……メリークリスマス、樹くん」
そこに立っていたのは、胸元に小さな白いフリルがあしらわれた、深紅のニットワンピースを纏った涼香だった。
普段の凛とした制服姿とは異なり、華やかでどこか妖艶な装い。少し照れくさそうに微笑む彼女の姿に、樹は一瞬で目を奪われた。
「メリークリスマス、涼香……! すごく綺麗です……!」
「……ふふ、ありがとう。さあ、早く上がって」
部屋に入ると、そこはまるで別世界だった。
前回の買い物で揃えた小さなクリスマスツリーが優しく点滅し、部屋の明かりは落とされ、テーブルの上には暖色のキャンドルがいくつか揺らめいている。
「わあ……すごい! 本当にファンタジーの世界みたいです」
「ふふ、二人だけの特別な夜だからね。……まずは、ケーキのデコレーションから始めましょう?」
キッチンに移動した二人は、一緒にエプロンを身につけた。
涼香が事前に焼いておいてくれたスポンジケーキの上に、生クリームを塗り、苺を並べていく。
「樹くん、そっちはもう少しクリームを薄く塗って……あ、付いちゃった」
「えっ? どこですか?」
「ふふ、ここよ」
涼香は自分の指先に少し生クリームを付けると、樹の頬にちょんと悪戯っぽく塗った。
「涼香……! やりましたね?」
「あはは! 似合っているわよ、樹くん」
無邪気に笑う涼香の可愛さに、樹もたまらず生クリームを彼女の鼻の頭に少しだけお返しした。
「あっ! なにやるのよ~!」
「お互い様です!」
顔を合わせてくすくすとおかしく笑い合う二人。
学校での『氷山姫』と『地味な一年生』の顔はそこにはなく、ただ恋に落ちた二人だけの甘い時間が流れていた。
一時間後。
テーブルには二人で作った特製苺ケーキと、香ばしく焼き上がったローストチキン、温かいクラムチャウダーが並んだ。
「乾杯しましょう。……樹くんと出会えた、最高の年に」
「乾杯……涼香と一緒に過ごせて、幸せです」
グラスを軽く合わせ、一口料理を口にする。
「……美味しい! チキンもジュシーだし、スープも体に染みます……!」
「ふふ、よかったわ。……樹くんの『美味しい』が、私にとって一番のプレゼントよ」
キャンドルの柔らかい光に照らされた涼香の頬はほんのり赤く、その琥珀色の瞳はいつも以上に熱を帯びて見えた。
食事を終え、ケーキを分け合った後。
二人はソファーに並んで腰掛け、ツリーの優しい光を眺めていた。
「……ねえ、樹くん。そろそろ、プレゼント交換にしない?」
「はい! 僕からお渡ししてもいいですか?」
樹は持参してきた綺麗にラッピングされた大きな袋を涼香に差し出した。
涼香が丁寧にリボンを解き、中身を取り出すと――そこに出てきたのは、『上質なカシミヤの白いマフラー』だった。
「これ……!」
「涼香の綺麗な黒髪に、白いマフラーが絶対に似合うと思って……。登下校のとき、少しでも暖かく過ごしてほしいんです」
涼香はそのマフラーを愛おしそうに胸に抱きしめ、鼻を近づけてそっと息を吸い込んだ。
「……すごく温かいわ。それに……あなたの匂いがする気がする……」
涼香は嬉しさに瞳を潤ませると、手袋を取るようにそっとマフラーを自分の首元に巻き、樹に向かって微笑んだ。
「大切にするわ。毎日、絶対に学校に乗っていくわね」
「よかった……! 喜んでもらえて何よりです」
「じゃあ……今度は私の番ね」
涼香はソファーの陰から、小さなベルベットの箱を取り出した。
「開けてみて」
樹が緊張した手つきで箱を開けると――そこに入っていたのは、『シンプルで洗練されたシルバーのペアリング』だった。
リングの内側には、ふたりのイニシャル『I & S』が刻まれている。
「涼香……これ……!」
「……指輪よ。……重いって、思わないかしら?」
涼香は少し不安そうに上目遣いで樹を見つめ、自分の指先をギュッと握りしめた。
「学校では付けられないけれど……放課後や休日に、私たちがずっと繋がっている証が欲しかったの。……あなたが他の誰のものでもない、私の大切な人だって……」
まっすぐで、深すぎる彼女の愛。
樹の胸の奥が熱くなり、言葉にならないほどの感動が押し寄せてきた。
「重いなんて……思うわけないです! 最高に嬉しいです、涼香……!」
「……ほんとう?」
「はい! 今すぐ付けてもいいですか?」
樹が尋ねると、涼香は照れくさそうに首を振り、樹の手をそっと取った。
「……私が、付けてあげるわ」
涼香の指先が少し震えながら、樹の左手の薬指……ではなく、日常でも付けやすい人差し指へとそっとリングを滑らせた。
そして、樹もまた涼香の指へと、もう一つの指輪をそっと嵌めた。
キャンドルの光を受けて、二人の手に光るシルバーのリング。
「……綺麗ね」
「はい……すごく綺麗です」
涼香は指輪を見つめた後、そのまま樹の手を強く握り締め、彼の胸元へと体を預けてきた。
「樹くん……」
「はい、涼香」
「……大好き。世界で誰よりも……あなたが愛しいわ」
涼香が背伸びをし、樹の唇にそっと自分の唇を重ねた。
キャンドルのほのかな香りと、ケーキの甘い風味が混ざり合う、聖夜の深いキス。
一度離れた唇が、どちらからともなく再び引き寄せられ、重なり合う。
二人の鼓動がひとつになり、静かな部屋に甘い吐息だけが響いていた。
「……今夜は、朝までずっと抱きしめていてね」
「……はい。ずっと離しません」
窓の外では、聖夜の星が静かにふたりを祝福するように輝いていた。
二人きりの秘密の部屋で過ごした初めてのクリスマスは、生涯消えることのない、最高の宝物となったのだった。




