甘美なる二月と、愛の極致の手作りバレンタイン
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二月十四日。
街もキャンパスも甘いチョコレートの香りと、バレンタインデー独特のどこかソワソワとした高揚感に包まれていた。
暦の上では春とはいえ、窓の外では冷たい冬の風が吹き抜けている。
だが、二人きりのマンションのリビングは、エアコンの暖房と二人の体温、そして朝から部屋中に満ちあふれる甘いカカオの香りによって、まるで別世界のような温もりに満たされていた。
「……樹くん、もう少しでお召し上がりいただけますからね。良い子にして待っていてくださいね♡」
キッチンカウンターの向こうで、涼香が嬉しそうに歌うような声を漏らしていた。
今日の涼香は、私が選んだ柔らかな淡いピンクのニットワンピの上に、フリルがあしらわれた可愛らしいエプロンを身につけている。結い上げられた琥珀色の髪と、エプロン姿のどこか新妻めいた雰囲気が、いつも以上の艶やかさを醸し出していた。
「涼香、朝からずっとキッチンに立ちっぱなしだけど、手伝おうか?」
ソファから立ち上がろうとすると、涼香はすかさず「ダメです!」と制した。
「樹くんがキッチンに入って指一本でも動かしたら、私のバレンタインの『お世話』が台無しになってしまいます。あなたはそこで、私から与えられる愛を全身で受け止める準備だけをしていれば良いのですから」
語気に一切の妥協はない。
指輪を交わし、新学期を迎えて以降、涼香の『完全過保護』は日に日に増すばかりだった。
大学でも自宅でも、私の自理能力は彼女の手によって完全に削ぎ落とされ、私は文字通り「涼香の手の中でしか生きられないダメ人間」としての幸せを噛み締める毎日を送っていたのだ。
「……お待たせいたしました、私の愛しい樹くん♡」
やがて、涼香がトレーに乗せて運んできたのは――目を見張るような逸品だった。
ローテーブルの上に置かれたのは、滑らかなツヤを放つ特大のハート型フォンダンショコラ。
その表面には、繊細なホワイトチョコのデコレーションで『樹くんへ♡ 一生私の手の中でダメになってね』という、彼女らしい重厚で甘美な愛のメッセージが美しく描かれていた。
「わぁ……すごい! 高級店の売り物みたいに綺麗だね、涼香!」
「見た目だけではありません。カカオの調合から温度管理、隠し味の柑橘アロマの風味付けまで、すべて私の樹くんの嗜好に合わせて完璧に計算し尽くした、世界に一つだけの『愛の結晶』です」
涼香は満足そうに胸を張ると、すっと私の隣――というか、私の膝の上にすっぽりと横向きに腰を下ろしてきた。
彼女の指先が私の右手の薬指に触れ、お揃いのプラチナリングがカチャリと心地よい音を立てて重なり合う。
「さあ、樹くん。バレンタインの特別な一口目……私の手から、召し上がってください♡」
涼香は小さめのスプーンでフォンダンショコラを一口サイズに掬い上げた。
温かいケーキの断面から、濃厚な生チョコがジュワッと溢れ出してくる。
彼女は「ふー、ふー」と丁寧に吐息を吹きかけて冷ますと、私の口元へと優しく運んできた。
「はい、あーん……♡」
「……あ、あーん」
パクリと口に含むと、温かく濃厚なチョコの甘みと、ほんのり香る柑橘の爽やかさが口いっぱいに広がった。
「……っ! すごく美味しい……! チョコがすごくトロトロで、甘くて最高だよ、涼香!」
私の絶賛の言葉に、涼香の琥珀色の瞳がうるうると揺れ、彼女の顔に花が咲くような満面の笑みが咲き誇った。
「……ふふっ♡ 樹くんの舌も、胃袋も、すべて私の愛で満たされていく……あぁ、なんて素晴らしい日なのでしょう……っ!」
「あ、涼香、フォーク借りて俺も涼香に……」
「ダメです。今日は『私があなたを極限まで甘やかす日』です。樹くんにスプーンを持たせることすら許しません」
涼香はその後も、一口食べるごとに私の頭を優しく撫で、耳元で甘い愛の言葉を囁きながら、ケーキを私の口へと運び続けた。
一口食べるたびに、私の身体の奥から甘い幸福感が広がり、彼女の手から離れられなくなっていく感覚が心地よく全身を支配していく。
「……ふぅ。ごちそうさまでした、涼香。本当に美味しかったよ」
「お粗末様でした、樹くん。……ですが、バレンタインの『お世話』は、これだけでは終わりませんよ♡」
「え……?」
ケーキを食べ終え、まったりとしていた私を、涼香は逃がすまいと両手でしっかりと抱きしめてきた。
彼女の顔が至近距離まで迫り、甘いカカオの香りと彼女自身の柑橘アロマの吐息が私の唇をくすぐる。
「チョコレートで樹くんのお口を甘くした後は……私の唇で、樹くんの全身を私色に染め上げて差し上げます……♡」
「涼香……っ!」
「んっ……ふ……っ♡……愛しています、私の可愛い樹くん……っ!」
重ね合わされる、濃厚で深い口づけ。
解けることのない指輪の光と、永遠に終わらない過保護な甘やかし。
二人の甘美な愛の飼育空間は、バレンタインの甘い香りに包まれながら、どこまでも深々と、永遠の幸福となって続いていくのだった――!




