新学期の登校と、薬指の光がもたらすキャンパスの激震
◇
一月中旬、冬休みが明け、大学のキャンパスは新学期を迎えた学生たちの活気と歓声を取り戻していた。
凛とした冬の冷気が並木道を駆け抜ける中、私と涼香はいつものように二人で講義棟へと向かう石畳の道を歩いていた。
「……ふふ、樹くん。今日の空気は少し冷えますから、もっと私の側に寄ってくださいね」
ボルドーのシックなコートを羽織った涼香は、私の右腕を両手でしっかりと抱きかかえ、寸分の隙間もなく身体を密着させていた。
彼女のコートのポケットの中では、私たちの手が指と指をきつく絡ませた『恋人繋ぎ』で固く結ばれている。
「涼香、歩きにくいよ……? 手、解かなくてもいいけど、もう少しだけ緩めても……」
「ダメです。冬の寒さから樹くんを守るのも、私の手温を樹くんに供給するのも、妻としての当然の義務ですから」
涼香は琥珀色の瞳を誇らしげに輝かせ、私の肩にちょこんと顎を乗せるようにしてすり寄ってきた。
そして――彼女が歩くたびに、コートの袖口から覗く華奢な左手の薬指に嵌められたプラチナリングが、冬の柔らかい日差しを反射してキラリと眩い光を放った。
同時に、私の右手の薬指にも、全く同じデザインのプラチナリングが確かに輝いている。
すれ違う学生たちが、次々と足を止め始めた。
「……え? おい、見ろよあの二人……」
「嘘だろ……? 法学部の夏目さんと、あの文学部の旦那さん……」
「指……! 薬指見ろよ! お揃いの指輪嵌めてるぞ!!」
「マジかよっ!? 初詣か冬休みの間に……ついに婚約か指輪まで交わしたのか!?」
ざわめきと絶叫が、並木道全体へと波紋のように広がっていく。
学園祭での『公開正妻宣言』とステージでの濃密な口づけを経て、すでに全校生徒公認のカップルとなっていた私たちだったが、その薬指に光る『絶対に解けない絆の証』は、周囲にあまりにも絶大なインパクトを与えていた。
「ひぇぇ……あの氷山美女、指輪まで嵌めて完全に旦那を囲い込んでるじゃん……」
「あの二人から出てる甘いオーラ、冬の寒さを完全に殺してるぞ……」
周囲の羨望と驚愕が入り混じった視線を、涼香は路傍の落ち葉でも眺めるかのように完全に無視し、ただ愛おしそうに私の薬指の指輪を自分の指先でそっと撫で上げた。
「……ふふ、見なさい樹くん。有象無象どもが私たちの指輪に恐れおののいていますよ。これで誰一人として、あなたに不躾な視線を向けることすらできなくなりました♡」
「涼香、みんなただ驚いてるだけだよ……っ! 恥ずかしいから指輪をそんなにアピールしないで……!」
「アピールではありません。『事実の掲示』です」
凛とした表情で胸を張る氷山妻。
羞恥心で顔を真っ赤にする私を、彼女は愛おしくてたまらないというように微笑みながら、さらに強く抱きしめてくるのだった。
◇
「――ちょっとお兄ちゃん!! 涼香さん!! それ、本気なのっ!?」
講義室の前の廊下に到着するやいなや、待ち構えていた葵が目を丸くして跳び出してきた。
その隣では、白鳥先輩がノートパソコンを片手にメガネの奥の瞳をキラリと怪しく光らせている。
「葵、どうしたの急に大声出して……」
「大声も出るよ!! だってそれ!! 左手と右手の薬指!!」
葵は私と涼香の手元を交互に指差し、絶句したように口ぐちを開ぐぐらせた。
「ふふ……驚きましたか、葵ちゃん」
涼香は満足そうに口元を緩めると、自分の左手をすっと差し出し、薬指のプラチナリングを光らせてみせた。
「初詣の際、私から樹くんへ、一生の飼育と愛の誓いとしてお贈りしたペアリングです。……もちろん、私の樹くんの薬指にも、私との永遠の約束が刻まれています♡」
「~っ!! 完璧すぎる……っ!!」
白鳥先輩が爆速でキーボードを叩き叩き、興奮の面持ちで叫んだ。
「初詣の初雪の中での指輪交換……! そして新学期登校での公然お披露目……! 『過保護な氷山妻による完全飼育記録・完結編』の最高クライマックスよ!! 涼香さん、素晴らしいわ! 写真撮らせて!!」
「どうぞ、白鳥先輩。最高の角度で収めてください。我が家の額縁にも飾りますから」
「だから二人で勝手に盛り上がらないでください!!」
私の叫び声に、葵が「もう~、お兄ちゃん完全に涼香さんの『正妻領域』から抜け出せなくなってるじゃん!」と呆れつつも嬉しそうに笑った。
◇
講義室に入ると、そこでもいつもの『お世話』が繰り広げられた。
一番後ろの長机。
涼香は自分の席に座るやいなや、私のバッグからノートと筆記用具を取り出し、私の手にペンを持たせることすらさせなかった。
「樹くん、今日の法理学の講義ノートはすべて私が代筆いたしますからね。あなたは私の隣で、私の膝の上でゆっくりとお休みになっていてください」
「涼香、新学期初日の講義くらい自分でノート取るよ……!」
「ダメです。指輪を交わした以上、私の過保護と愛寵はこれまでの二倍になります。樹くんの体力を無駄に使わせるわけにはいきません」
涼香は私の肩を優しく抱きよせると、私を自分の太ももの上へと横たわらせた。
講義室の学生たちが「始まった……」「指輪パワーで過保護が進化してる……」「もう誰も止められねぇ」と遠巻きに見守る中、私の頭は彼女の柔らかい膝の上にすっぽりと収まった。
「……ふふ、良い子ですね、樹くん♡」
涼香の細い指先が、私の髪を優しく撫で上げていく。
彼女の膝のぬくもり、指輪のひんやりとした質感と、彼女自身の温かい體温。
さらには、鼻腔をくすぐる柑橘系のアロマの香りが、私の意識を心地よく溶かしていく。
「……ねえ、樹くん?」
講義が始まり、教授の低い声が遠くで響く中、涼香が私の耳元で甘く囁いてきた。
「指輪を交わしても……大学を卒業しても……私たちが大人になってお爺ちゃんとお婆ちゃんになっても……ずっとずっと、私のお膝の上でダメ人間になっていてくださいね♡」
「……うん。……涼香の膝の上じゃなきゃ、俺はもうダメなんだ……」
上目遣いに本音を漏らすと、涼香の顔に世界で一番美しく、蕩けるような笑みが咲き誇った。
「……っ! 愛しています、私の愛しい旦那様……♡」
涼香はノートを取る手をわずかに止め、私の額にそっと甘い口づけを落とした。
薬指に光る一対の指輪とともに、二人の甘く過保護な飼育生活は、誰にも邪魔されることのない永遠の日常となって、どこまでも深々と続いていくのだった――!




