厳格なる夏目本家と、畳の上の『絶対正妻愛』
◇
静寂が支配する、広大な夏目本家の屋敷。
幾重にも連なる立派な廊下を渡り、通されたのは五十畳はあろうかという重厚な畳の大広間だった。
床の間には歴史を感じさせる掛け軸が飾られ、部屋の上座には、厳格な威厳を纏った涼香の父親――夏目本家当主と、親族の重鎮たちが一列に座していた。
「……よく来ましたね、樹くん。それに、涼香も」
低く重みのある父親の声が、静まり返った広間に響き渡る。
父親の傍らには、学園祭のステージコンテストの映像が再生されているタブレット端末が置かれていた。そこに映っているのは、全校生徒の前で「私は樹くんを一生飼い慣らす」と宣言し、私と濃厚な口づけを交わす涼香の姿だ。
「……学園祭でのこの騒ぎ、親族の間でも大いに話題になっていますよ。我が夏目家の次期当主たる者が、公の場でこのような……言葉は悪いですが、破廉恥かつ常識を逸脱した行動に出るとは」
親族の一人が冷ややかな視線を私に向け、ふっと鼻で笑った。
「そちらの樹殿も、大学で涼香に身の回りの世話をすべて任せ、自立心もなく甘やかされていると聞く。夏目家の娘の伴侶として、いささか頼りなさすぎるのではないか?」
部屋全体を包み込む重苦しい圧力。
かつての私なら、この威圧感と親族からの鋭い言葉に縮こまり、言葉を詰まらせていたかもしれない。
だが――私の右手を握る涼香の指先が、ぎゅっと力強く込められた。
彼女は膝の上に正座したまま、スッと背筋を伸ばした。
その琥珀色の瞳には、一切の迷いも恐れもなく、氷山のごとく冴え渡った絶対の意志が宿っていた。
「――皆様、お言葉ですが、発言を訂正させていただきます」
涼香の声が、凛として広間に響いた。
「我が夫・樹くんは、頼りないなどという浅薄な存在ではありません。彼は私の底なしの愛と過保護を全身で受け止め、私の生き甲斐そのものとなってくれている、世界で唯一無二の気高いお方です」
「り、涼香……!?」
親族たちが目を見開いて絶句する中、涼香は毅然とした態度のまま言葉を続けた。
「私が樹くんをお世話するのは、彼が何もできないからではありません。私が彼のお世話をしなければ私の心が壊れてしまうから……私が彼を飼育したいから行っているのです! 彼の存在こそが私の世界のすべてであり、彼なしでは夏目家の名誉も、私の人生も何の価値も持ちません!」
圧倒的な『氷山妻』のロジックと情熱。
父親は腕を組み、深々とした眼光で私と涼香を見つめていたが、やがて小さく溜め息をついた。
「……樹くん。お前自身はどう思っているのだ? 涼香のこの重すぎる愛と過保護に包まれ、一生を彼女に委ねる覚悟が、本当にあるのか?」
父親の鋭い問いかけに、私は逃げることなく、まっすぐにその目を見つめ返した。
「……はい。最初は涼香の過保護さに戸惑うこともありました。ですが、涼香の隣で彼女の愛を受けることこそが、俺の生まれてきた一番の幸せだと気づきました。俺は一生、涼香の手の中で彼女を愛し、彼女のダメ人間として添い遂げる覚悟です」
私の言葉に、父親の目元がわずかに和らいだ。
沈黙が広間を包んだ後、父親は深く息を吐き出し、ゆっくりと頷いた。
「……相変わらず、とんでもない男を選んだものだな、涼香。……二人で決めた覚悟ならば、もはや私が口を挟む余地はない。夏目家として、お前たちの結婚を正式に認めよう」
「「っ……!」」
広間にどよめきが広がる中、涼香は感極まったように私の手首を抱きしめ、私の肩に顔を寄せて小さくすすり泣いた。
◇
「……はぁ、本当にヒヤヒヤしたよ、涼香……」
挨拶と親族との会合を終えた夜。
私たちは本家の奥にある、涼香が高校時代まで使っていた昔の自室へと通されていた。
昔ながらの和室だが、清掃が行き届いており、中央にはふかふかの二枚の布団がぴったりと隙間なく並べられていた。
「……樹くん……っ♡」
部屋の鍵をかけた瞬間、涼香は我慢の限界を迎えたように私へと飛びついてきた。
そのまま私を畳の上に押し倒すと、彼女の琥珀色の瞳からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちていた。
「り、涼香……!?」
「あんな……あんな大勢の前で……『一生涼香のダメ人間として添い遂げる』なんて言われたら……私、嬉しすぎて頭がおかしくなりそうです……っ♡」
涼香は私の頬を両手で挟み込み、抑えきれない情愛を爆発させるように、私の唇へと幾度も熱く濃厚な口づけを重ねてきた。
「んっ……ふ……っ♡……愛しています、樹くん……っ! 私の愛しい旦那様……っ!」
昼間の緊迫した空気の反動と、父親から正式に認められた歓喜。
涼香の過保護と独占欲は、本家の自室という甘美な密室の中でどこまでも解き放たれていく。
「……今夜は……私を満足させてくださるまで、絶対に眠らせませんからね♡」
耳元で囁かれる、最高に甘く、重厚な愛の誓い。
夏目本家の静かな夜の中で、二人の絶対に解けない『愛の飼育』は、永遠の約束となって深く深く刻み込まれていくのだった――!




