湯上がりの城下町デートと、絶対正妻の甘美な帰路
◇
箱根の清々しい朝の空気が、色鮮やかな紅葉の樹々を通り抜けて肌を心地よく撫でていく。
離れの高級旅館を後にした私たちは、駅へと向かう途中の風情ある温泉街の城下町を二人でゆっくりと散策していた。
「……ふふ、樹くん。お布団から上がったばかりのあなたも可愛らしいですが、こうして私とお手々を繋いで歩くあなたの姿も……本当に愛らしくて胸が潰れそうです♡」
今日の涼香は、旅先での特別感を少し残した落ち着いたボルドーのロングスカートに、私の好みに合わせた柔らかなオフホワイトのニットを合わせている。
綺麗に整えられた琥珀色の髪からは、昨夜から今朝にかけて二人でお風呂で使った柑橘系のアロマの香りがふわりと漂っていた。
「涼香、手がポケットの中でずっとくっついてるから、すごく温かいよ」
「当たり前です。樹くんの指先一本、体温の1度たりとも、外の冷気に奪わせるわけには行きませんから」
涼香は私の腕を逃がすまいと両手で抱え込み、自身の豊かで柔らかい胸元にしっかりと押し当ててきた。
繋いだ手は彼女のコートのポケットの中で解かれる気配すらなく、指と指が隙間なく絡み合う恋人繋ぎのままだ。
「あ……見て、涼香。あっちのお店、できたての温泉饅頭が売ってるみたい」
「まあ! 樹くんが食べたいとおっしゃるなら、すぐに買いに行きましょう。……もちろん、私の手から召し上がっていただきますが♡」
通り沿いにある老舗の和菓子屋の店頭からは、ホカホカとした白い湯気と香ばしい黒糖の香りが立ち上っていた。
涼香は私の手を引いて店先へと進み、蒸籠から上げられたばかりの温かい温泉饅頭を買い求めた。
「さあ、樹くん。火傷しないように、私がふーふーして差し上げますね」
涼香は手に持った小ぶりな皮を丁寧に半分に割り、熱い湯気を優しく吐息で吹き消していく。
そして、一口サイズにちぎった餡子たっぷりの饅頭を、私の口元へとゆっくり運んできた。
「はい、あーん……♡」
「……あ、あーん」
パクリと口に含むと、もちもちとした皮の食感と、ほどよい甘さのつぶ餡が口いっぱいに広がり、身体の奥までじんわりと温まっていく。
「……すごく美味しい! 甘さがしつこくなくて、皮がふわふわだよ、涼香」
「ふふ♡ 樹くんの美味しそうな笑顔が見られて、私も幸せです。……あ、お口の端に餡子が少しついてしまいましたね」
涼香は自然な動作で自分の親指の腹を私の唇の端に当て、付着していた餡子を優しくぬぐい取ると、それをそのまま躊躇することなく自身の唇へと運んでペロリと舐めとった。
「っ……!? り、涼香、人目があるのに……っ!」
「何の問題もありません。樹くんの触れたものは、すべて私の身体に取り込むのが妻としての当然の権利です」
毅然とした顔で言い放つ氷山妻。
周りを行き交う観光客やお店のおばちゃんが「まあまあ、ご夫婦で仲が良いことねぇ」「うわ、あの男の人すごすぎるだろ……」と微笑ましさと羨望の入り混じった視線を向けてくるが、涼香はそんな周囲の反応などまったく意に介していない様子で、誇らしげに胸を張っていた。
◇
「……楽しかった温泉旅行も、もうすぐ終わりですね」
帰りのロマンスカーの車内。
流れていく秋の箱根の風景を窓越しに眺めながら、涼香は私の肩にそっと自分の頭を預けてきた。
座席の肘掛けはとうに上げられ、二人掛けのシートの上で私たちは文字通り『隙間ゼロ』の状態で密着している。
私の右腕は涼香の腰にしっかりと回され、彼女の指先は私の左手と絡み合ったままだ。
「そうだね……すごく短く感じたよ。でも、温泉も美味しかったし、何より涼香と二人でずっと一緒にいられて嬉しかったな」
私の言葉に、涼香は琥珀色の瞳をうるうると濡らし、愛おしさに耐えかねたように私のお腹へと顔をうずめてきた。
「……樹くん。旅が終わっても、私たちの過保護で甘美な日常は何も変わりません。……いいえ、むしろこれからはもっともっと、あなたを私の愛で満たして差し上げます」
「もっと……?」
「ええ。大学の講義室でも、学食でも、二人きりのマンションでも……私なしでは指一本動かせないくらい、完璧なダメ人間へと仕込んで差し上げますからね♡」
耳元で響く、美しくも重厚な甘い誓い。
かつては自分の重すぎる愛が私を苦しめるのではないかと怯えていた氷山美女の面影は、そこには微塵も存在しなかった。
ただひたすらに私を愛し、私に尽くし、私を自身の腕の中で飼い慣らすことへの、絶対的な自信と満ち足りた幸福感。
「……ふふ、樹くん。少し眠くなってきましたか? 車内では私の膝の上を枕にして、ゆっくりお休みになってくださいね」
「うん……涼香の隣、すごく落ち着くよ……」
涼香の手によって優しく頭を膝の上へと誘導され、彼女の柔らかい太ももの感触と、指先が髪を撫で上げてくれる心地よさに身を委ねる。
ガタゴトと揺れる電車の振動と、彼女の規則正しい甘い息遣い。
東京へと戻る列車の中で、私は世界で一番温かく過保護な『愛の檻』に抱かれながら、ゆっくりと心地よい深眠へと落ちていくのだった――!




