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晩秋のぬくもりと、温泉街へのお誘い

◇


学園祭の大狂乱から数日が過ぎ、キャンパスの熱気も穏やかな静けさへと戻りつつあった。

十一月の風は日ごとに冷たさを増し、街路樹のイチョウやカエデが色鮮やかな赤や黄色へと染まり始めている。


「……はぁ、すっかり寒くなってきたね……」


大学の講義棟へと続く並木道。

私は吐く息の白さに季節の深まりを感じながら、隣を歩く涼香の手をぎゅっと握りしめた。


「寒いですから、もっとこちらへ寄ってください、樹くん」


涼香は私の腕を逃がすまいと両手で抱え込み、自分のコートのポケットの中へ私たちの繋いだ手をまるごと放り込んだ。

彼女の体温と、コート越しに伝わる身体の柔らかさ。

さらには、私のポケットの中に忍ばせてある『涼香特製の柑橘アロマのハンカチ』の香りが漂い、一瞬で身体の芯から温もりが広がっていく。


「ふふ……昨晩もあんなに私に甘えておきながら、お外に出るとまだ少し照れくさそうにするのですね。本当に可愛らしい旦那様です♡」

「っ……! 昨夜のことは大学で思い出させないでよ……!」


真っ赤になる私を見て、涼香は琥珀色の瞳を優しく細め、幸せそうに頬を緩めた。


すれ違いを乗り越えてからの私たちは、まさに『完全体』だ。

講義室に入れば、相変わらず私の周囲八席には『夏目涼香の絶対防衛圏』としてのアクリルスタンドが鎮座し、隣に座った涼香は私のノートを取り、私の代わりにペンを走らせる。

昼休みになれば、学食の特等席で豪華なお手製弁当を『あーん』で食べさせられ、周りの学生たちが「あの氷山美女、今日も旦那を甘やかし倒してるぞ……」「もう日常風景として受け入れるしかないな」と苦笑交じりに見守るのが当たり前になっていた。


「――あ! お兄ちゃん、涼香さん!」


講義室の前まで来ると、手前のベンチで葵と白鳥先輩が待っていた。

葵は大きなキャンバストートバッグを抱え、白鳥先輩は不敵な笑みを浮かべながらノートパソコンの画面をカタカタと叩いている。


「お疲れ様、樹くん。学園祭でのステージコンテストの動画と写真は、文学部および法学部の公式・非公式アーカイブに『永久保存版・純愛の軌跡』として完璧に保管しておいたわ」

「白鳥先輩、お願いだから削除してください……っ! 思い出すだけで顔から火が出そうなんです……!」

「削除などさせるわけがありません」


すかさず涼香が割って入り、胸を張って凛と言い放つ。


「あれは私と樹くんの解けることのない絆の証です。白鳥先輩、私にもその最高画質の動画データをすべて共有してください。我が家の大型テレビで毎日、朝と夜に観賞しますから」

「もちろんでさあ、涼香さん。クラウドの専用フォルダを用意してあるわ」

「頼むから二人で危険な同盟を組まないで……!」


私の絶叫に、葵が大爆笑しながらパンパンと私の背中を叩いた。


「ギャハハ! お兄ちゃん、相変わらず涼香さんの手のひらの上だね! でもさ、そんな大活躍だった二人に、白鳥先輩と私から最高のプレゼントがあるんだよ!」


葵はトートバッグから、高級感あふれる金箔押しの封筒を取り出し、私たちの目の前でパッと広げて見せた。


「じゃじゃーん! 『箱根・深秋の極上温泉旅館・客室露天風呂付き一泊二日ペア招待券』でーす!」


「えっ……!? 温泉旅行……!?」


思いがけない言葉に、私は思わず目を見開いた。


白鳥先輩が満足そうにメガネの輪郭を指で押し上げる。


「学園祭のコンテスト優勝賞品に、私が少し個人的な取材経費(ポケットマネー)を足して格上げしておいたのよ。紅葉が一番綺麗な今の時期にぴったりでしょう? 離れの一軒家風客室で、部屋の中に源泉掛け流しの露天風呂がついている特別プランよ」

「離れの客室……源泉掛け流しの露天風呂……」


涼香はその言葉を反芻するように小さく呟くと、琥珀色の瞳に妖しく甘い光を宿らせた。


「つまり……人目を一切気にすることなく、二十四時間いつでも二人きりの密室で、樹くんのお世話と甘やかしに没頭できるということですね?」

「解釈が相変わらず極端だよ涼香!? でも……温泉、すごく魅力的だな……」


私が少し目を輝かせると、涼香は私の腕を抱きしめる力を一段と強め、私の顔をじっと見つめてきた。


「行きましょう、樹くん。……日頃の大学生活での疲れを癒し、二人きりで秋の紅葉を愛でながら……私の手の中でトロトロに溶けていただきます♡」


◇


その日の夜。


二人きりのマンションへと帰宅した私たちは、リビングのソファで旅行の準備について話し合っていた。

……と言っても、実際の作業はすべて涼香が進めていた。


「樹くんのお着替えは……肌触りの良い長袖のルームウェアを二着と、羽織るカーディガンですね。それから、旅先でお肌が乾燥しないように私が選んだ保湿クリームと……」

「涼香、自分の荷物より先に俺の荷物をパッキングしてるじゃないか。自分の分は大丈夫なの?」

「私のことなど後で良いのです。私の最優先事項は、いついかなる時も『樹くんが快適かつ幸せに過ごせる環境を整えること』なのですから」


涼香は私のパジャマや下着を丁寧に折りたたみ、旅行用ボストンバッグへと収めていく。

その手つきはどこまでも愛おしげで、まるで大切な宝物を扱うかのようだった。


荷造りが一段落すると、涼香は私の隣へと移動し、いつものように私の膝の上に自分の頭をちょこんと乗せてきた。

……普段なら私が彼女の膝の上に預ける立場なのだが、たまに彼女がこうして甘えてくると、私の胸の奥は愛おしさでいっぱいになる。


「……涼香?」


彼女の柔らかい栗色の髪に指を滑らせ、ゆっくりと撫でてあげる。

すると、涼香は気持ち良さそうに瞳を閉じ、私のお腹のあたりにぎゅっと腕を回してきた。


「……樹くん」

「なぁに?」

「……温泉旅行、すごく楽しみですね。……でも、私は温泉そのものよりも……あなたと二人きりで、誰の邪魔も入らない時間を過ごせることが、嬉しくてたまらないのです」


彼女の声には、かつてのような不安や恐れは一切なかった。

ただひたすらに私を愛し、私に必要とされていることへの満ち足りた幸福感。


「……あの時のすれ違いを経て、私は気づきました。私はあなたを甘やかしているようで……本当は、あなたに甘えさせてもらうことで生かされていたのだと」

「涼香……」


「だから……温泉旅行でも、これからの毎日でも……私をずっと、あなたの『一番近くにいるお世話係』でいさせてくださいね♡」


上目遣いで私を見つめてくる氷山妻。

彼女の琥珀色の瞳に映っているのは、世界で一番幸せな顔をした私の姿だった。


「……当たり前だよ。俺をここまでダメ人間にしたのは涼香なんだから、責任取って一生甘やかしてくれないと困るよ」


私の答えに、涼香の顔に花が咲くような満面の笑みが広がった。


「ふふ……喜んで! 一生をかけて、あなたを世界一幸せなダメ人間へと飼い慣らして差し上げます♡」


涼香は身を乗り出し、私の唇へと柔らかく口づけを重ねた。

部屋の外では冷たい秋風が吹き抜けていたが、二人きりの温かいリビングには、どこまでも甘く、濃厚な愛の体温が満ちあふれていた。


極上の露天風呂と、密室での濃厚な過保護お世話が待つ温泉旅行へ向けて――。

二人の甘美で過保護な新婚生活は、新たなステージへと足を踏み出そうとしていたのだった――!

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