後夜祭の喧騒を逃れて、二人だけの甘い密室
◇
学園祭のステージコンテストで優勝を飾った後。
キャンパスは夕闇に包まれ、グラウンドでは後夜祭の大きな焚き火が赤々と燃え上がり、学生たちの興奮した歓声が響き渡っていた。
「……はぁ、本当に凄まじい一日だったね……」
大学の裏手に位置する、誰もいない旧校舎の渡り廊下。
私はひんやりとした秋の夜風に当たりながら、すっかり疲弊した体を壁に預けていた。
ステージでの公開正妻宣言と、全校生徒の前での口づけ。
あの一撃の威力は絶大で、ステージを降りた後もすれ違う学生全員から「夏目夫婦!」「おめでとう!」「一生お幸せに!」と冷やかされ続け、私の顔は一日中爆発しそうなほど赤くなりっぱなしだったのだ。
「ふふ、お疲れ様でした、樹くん」
カツン、と小さく靴音を響かせて現れたのは、和風エプロン姿のままの涼香だった。
彼女の手には、温かい紅茶の入った紙コップが二つ握られている。
「……冷えてきましたから、これを飲みましょう」
「あ、ありがとう、涼香」
紙コップを受け取ろうと手を伸ばすと、涼香はその手をすっとかわし、私と壁の間のわずかな隙間へと自分の身体を滑り込ませてきた。
「涼香……!?」
背中が壁に当たり、正面からは涼香の細く柔らかい身体が隙間なくぴったりと密着してくる。
薄暗い渡り廊下の中で、彼女の琥珀色の瞳が怪しく、濃厚な情念を宿して熱く輝いていた。
「……紙コップは後です。……まずは、一日中たくさんの人に見られ、我慢し続けていた私の心と体を、満たしていただきます♡」
「っ……! 我慢って……ステージの上であんなに激しくキスしたのに……!?」
「足りるわけがありません!」
涼香は私の両手首をキュッと掴み、壁へと押し付けた。
彼女の小さな吐息が私の唇に触れるほどの至近距離で、彼女は潤んだ瞳で切なく訴えてくる。
「大勢の無礼な視線に晒されながらの口づけなど、ただの『牽制』に過ぎません。……私が必要としているのは、誰の目も届かない場所で、私のためだけに注がれる樹くんの甘い本気なのですから……っ」
「涼香……」
彼女の胸の鼓動が、私の胸へとダイレクトに伝わってくる。
冷たかった秋風が、二人の重なり合う体温によって一瞬で熱を帯びていく。
「……断らせません。……逃がしません。今夜は……お家に帰ったら、私を満足させられるまで、絶対に眠らせて差し上げませんからね♡」
重ね合わされる唇。
渡り廊下の影の中で交わされる口づけは、昼間のステージの上でのものとは比べものにならないほど深く、重く、濃厚に互いの舌を絡め合わせるものだった。
「……んっ……ふぁ……っ♡……大好きです、私の可愛い樹くん……」
◇
二人きりのマンションへと帰宅した頃には、夜の九時を回っていた。
玄関の鍵を閉めた瞬間――カチャリという静かな音が、今夜の『密室お世話』の始まりを告げた。
「……さあ、樹くん。学園祭で疲れたお身体を、私が隅々まで綺麗に洗い流して差し上げます♡」
「え、お風呂もやっぱり一緒に入るの……!?」
「当たり前です。今夜の私に『遠慮』という選択肢はありません」
涼香は私の手を引き、脱衣所へと迷いなく突き進む。
服を脱がされ、湯気が立ち込める浴室へとお互いに足を踏み入れると、涼香はフワフワの泡を両手に作り、私を浴槽の縁に座らせた。
「じっとしていなさい。私の大切な旦那様……♡」
丁寧に背中を流され、頭を優しく洗われ、そのまま一緒に温かい湯船へと浸かる。
湯船の中でも、涼香は私の後ろから抱きつき、私の胸元に顎を乗せて、すりすりと頬を寄せてきた。
「……ふぅ。……樹くんの体温、すごく心地よいです」
「涼香の体温も……すごく温かいよ」
「……当たり前です。私の体温はすべて、あなたを包み込み、溶かすためにあるのですから」
湯気の中で交わされる甘い会話。
一日中の疲れと緊張が、彼女の完璧な『過剰愛寵』によって、綺麗にほぐされていく。
◇
お風呂上がり、ポカポカに温まった体で寝室のベッドへと潜り込むと、涼香は待ってましたとばかりに上から覆いかぶさってきた。
「……約束通り、今夜は朝まで私から逃げられると思わないでくださいね♡」
彼女の指先が私の髪に滑り込み、甘い柑橘系のアロマの香りが寝室全体を包み込む。
昼間の学園祭での熱狂も、全校生徒の歓声も、すべてがどこか遠くの出来事のように感じられた。
今、ここにあるのは――私を世界で一番愛し、私を世界で一番ダメ人間にしようとする、愛おしい氷山妻の絶対的なぬくもりだけ。
「……愛しています、樹くん」
「俺も……愛してるよ、涼香」
重なり合う体温と、終わらない甘美な夜。
誰にも邪魔されない二人だけの小さな愛の牢獄で、私たちはどこまでも深く、永遠のように甘い夢へと落ちていくのだった――!




