完全復活と、大学でのお返し過保護
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「——よし! 熱も完全に下がったし、体の重さもすっかりなくなったぞ!」
翌朝、ベッドから跳ね起きた私は、自分の体に力と活力がみなぎっているのを実感していた。
体温計の表示は「三十六度四分」。平熱そのものだ。
「……本当ですね。顔色もとても良いです」
お出かけ用の清楚なワンピースに着替えた涼香が、体温計を覗き込みながら安堵の息を吐いた。
しかし、その琥珀色の瞳にはまだ微かに『心配性な妻』の警戒心が残っている。
「ですが、病み上がりなのですから無理は禁物です。今日の大学での行動は、すべて私の管理下に置いていただきますからね」
「管理下って……そこまでしなくても大丈夫だよ、涼香」
「いいえ。昨日の樹くんの辛そうな顔を思い出したら、過保護にならずにはいられません。……さあ、朝食を食べて大学へ行く準備をしましょう」
涼香は私の腕をぎゅっと抱きかかえ、二人でダイニングへと向かった。
◇
快晴の秋空の下、私たちは数日ぶりに二人で大学の敷地へと足を踏み入れた。
「あ、夏目さんだ! ……と、例の旦那さん!」
「昨日二人とも講義休んでたから心配(?)してたけど、仲良く復帰か~」
相変わらず周囲の学生たちからは熱い視線とヒソヒソ声が飛んでくるが、今日の涼香はいつも以上に私の周囲に対するガードが堅い。私の腕にぴったりと密着し、少しでも近づいてくる男子学生や女子学生に「私の夫に何か用ですか?」と言わんばかりの冷徹な眼差しを向けている。
「涼香……目立ちすぎだってば」
「病み上がりの樹くんを狙う余計な虫を警戒しているのです。……ほら、歩幅を合わせますから、ゆっくり歩いてくださいね」
二人で向かったのは、白鳥先輩が所属する文学部のサ室(サークル部室)だった。
昨日の講義ノートを貸してくれた白鳥先輩へのお礼と、休みの間の連絡をしてくれた葵へのお礼を伝えるためだ。
部室のドアを開けると、そこには案の定、原稿用紙の山に埋もれた白鳥先輩と、パイプ椅子でくつろぐ葵の姿があった。
「あ、お兄ちゃん! 涼香さん! 熱下がったんだね、良かった~!」
「ええ、樹くん。無事に復活したようで何よりだわ。昨日の涼香さんからの『樹くんが熱を出したため本日休講(※個人的に)』という連絡には痺れたけれど」
白鳥先輩がメガネを指で押し上げながら、ニヤリと笑う。
「白鳥先輩、昨日はノートを取っておいてくださり、本当にありがとうございました」
私が深々と頭を下げると、白鳥先輩はひらひらと手を振った。
「いいのよ。その代わり……看病の様子について、後で詳細なレポート(特に涼香さんの取り乱し具合)を提出してもらうけれどね」
「白鳥先輩……? 私の旦那様に余計な精神的負担をかけるような発言は控えていただけますか?」
涼香の背後からスッと冷気が漂い、白鳥先輩が「おっと」と肩をすくめた。
◇
「……さて、お礼も言えましたし、昼食にしましょうか」
サ室を後にした私たちは、学食のテラス席へと向かった。
澄み切った秋空と、心地よい風が吹き抜ける絶好のロケーションだ。
「今日は樹くんの病み上がりのお祝いとして、お腹に優しくて栄養満点のお弁当を作ってきましたよ」
涼香が二段重ねの重箱風お弁当箱を開けると、そこには彩り豊かなおかずと、一口サイズの上品なおにぎりが綺麗に並んでいた。
「うわぁ……! すごい美味しそう!」
「ふふ、樹くんの健康を取り戻すための特製メニューです。さあ、樹くん。私が食べさせてあげますから、お口を開けてください」
「えっ、ここで!? 周りにテラス席の人がたくさんいるよ!?」
「関係ありません。昨日の看病の続きです。病み上がりの樹くんに腕を動かす無駄な体力を使わせるわけにはいきませんからね」
真顔でとんでもない主張を展開する氷山妻。
周りの学生たちが「また始まったぞ……」「夏目さんの過保護モードだ」とざわつき始めている。
しかし、昨日の彼女の涙と、献身的な看病を思い出すと……私の中に、不思議と「恥ずかしさ」以上の感情が湧き上がってきた。
(……いつも涼香に甘えっぱなしで、恥ずかしがってばかりじゃダメだな)
私は意を決すると、涼香の差し出してきたお箸からおにぎりをパクリと食べた。
「……ん! すごく美味しいよ、涼香」
「……っ! ええ、良かったです♡」
嬉しそうに頬を緩める涼香。
そこで私は、自分の手でお箸を持ち、お重の中から小さくて綺麗な卵焼きを一塊摘み上げた。
「……はい、涼香。あーん」
「……え?」
涼香の琥珀色の瞳が丸くなり、動きがピタリと止まった。
「い、いつも涼香に作ってもらって、看病までしてもらってるからさ……。俺からも、その……お返しっていうか……」
真っ赤になりながらお箸を突き出す私。
テラス席全体が「嘘だろ……あの夏目さんに『あーん』返し……!?」と一瞬で静まり返った。
数秒の固直の後、涼香の綺麗な頬が、これまで見たこともないほど真っ赤に染まった。
「っ……き、樹くん……私に……あーん……っ!?」
「は、恥ずかしいから早く食べてよ……!」
涼香は震える手で自分の胸元を押さえながら、ゆっくりと口を開けた。
「……あ、あーん……♡」
パクリと卵焼きを口に含んだ涼香は、そのまま頬を両手で包み込み、うっとりと目を細めた。
「……美味しいです……っ! 樹くんに食べさせていただけるなんて……私、幸せすぎてどうにかなってしまいそうです……っ♡」
「大げさだよ涼香……っ」
あまりの破壊力に、私の方が恥ずかしさで爆発しそうになる。
テラス席の学生たちからは「なんだあのバカップル……!」「甘すぎて直視できない……!」という声が漏れ聞こえてきたが、今の涼香の頭には何も届いていないようだった。
「……ふふ、樹くん。覚悟してくださいね」
涼香は私の手をキュッと握りしめ、蕩けるような甘い笑顔を向けた。
「お家に帰ったら……今日の『あーん』のお返しに、もっともっとあなたを甘やかして差し上げますから……♡」
病気もすっかり吹き飛び、完全復活を果たした私と過保護な氷山妻。
二人の甘く賑やかなキャンパスライフは、さらに絆を深めながら、どこまでも熱く続いていくのだった——!




