秋色ショッピングデートと、妻の甘美な見せつけ
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図書館を後にした私たちは、新しくオープンした駅前のショッピングモールへと足を運んでいた。
ガラス張りの吹き抜けの天井から、秋の柔らかな夕光が注ぎ込み、賑わう館内を煌びやかに照らしている。
休日のモールはカップルや家族連れで溢れかえっていたが、私たちの周囲だけは、まるで特別な結界でも張られているかのような独特の空気に包まれていた。
「……ねえ、あの人たち見なさいよ。モデルさんかしら?」
「うわ、女の子の方めちゃくちゃ美人……! 隣の彼氏、すごく大事にされてそう」
すれ違う買い物客たちが、こぞって私たちに視線を注ぐ。
それもそのはずだ。涼香は私の腕を両手でしっかりと抱え込み、胸の柔らかい感触を惜しげもなく押し当てながら歩いているのだから。
「り、涼香……もう少し腕の力を緩めてくれないかな? 周りの目が……」
「いいえ、絶対に離しません。人混みで樹くんが迷子になっては大変ですからね」
「子供じゃないんだから迷子なんて……っ」
「私にとっては、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまいそうな、愛しい愛しい男の子です。……さあ、あちらのメンズショップに入りましょう」
涼香は私の抗議を心地よいスルーで受け流すと、洗練された雰囲気が漂うセレクトショップへと私をエスコートした。
◇
「いらっしゃいませ――」
店員が声をかけようとして、涼香の圧倒的なオーラと美貌に一瞬言葉を詰まらせた。
「樹くん、こちらのチェスターコートはいかがでしょう? 上質なウール素材で、樹くんの優しい雰囲気をぐっと引き立ててくれそうです」
涼香は手際よくハンガーを取り出すと、私の体にコートをあてがった。
シックなネイビーのコートは、確かに私のような普通な男子学生でも少し大人っぽく見せてくれそうな素晴らしい仕立てだ。
「うん、すごくかっこいいと思うけど……結構いいお値段しない?」
「値段など気にする必要はありません。私の旦那様が身に纏うものなのですから、最高級品を用意するのは当然の義務です」
「いやいや! 俺の服なんだから俺が払うよ!」
「ダメです。樹くんのコーディネート費用は、すべて私の『妻としての愛の予算』から算出されます。……さあ、試着室に入って着てみてください。私が着替えをお手伝いして差し上げましょうか?」
「ぜ、絶対に自分で着るから入ってこないで!!」
私は慌ててコートをひったくり、逃げるように試着室のカーテンを閉めた。
背後から「ふふ、残念です♡」という涼香の甘い声が聞こえてきて、顔が沸騰しそうになる。
服を着替え、恐る恐るカーテンを開けると、そこには鏡の前で腕を組んで待っていた涼香の姿があった。
「……どうかな、涼香?」
私が少し照れくさそうに首を傾げると、涼香の琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
静寂が流れる。数秒間、彼女は微動だにせず私を見つめていたが、やがてその頬が綺麗な朱色に染まっていった。
「……っ、す、素晴らしいです……! 完璧です……っ!」
「え、あ、ありがとう……?」
「可憐で、知的で、少し大人びていて……ああ、どうしましょう、樹くん。こんなに格好良くなってしまっては、また大学で変な虫が寄りついてしまいます……!」
涼香は思わずといった様子で私に歩み寄り、試着室の陰で私の両手をギュッと握りしめた。
「やっぱりこのコートは買い取った上で、お家の中だけで私に見せるためだけに着てください……!」
「本末転倒だよ!? 外に着ていくためのコートでしょ!?」
「だって……私以外の女性に、こんな素敵な樹くんを見せたくありません……♡」
潤んだ瞳で上目遣いに訴えてくる涼香。
元・副会長の冷静沈着な面影は完全に霧散し、ただの重すぎる独占欲の塊と化した妻がそこにいた。
だが、そんな彼女の過剰な愛情が、猛烈に愛おしく感じてしまう自分もいるのだから困ったものだ。
「大丈夫だよ、涼香。俺が好きなのは、涼香だけなんだから」
私が意を決して小声でそう囁くと、涼香の息がぴたりと止まった。
「……樹くん……今、何とおっしゃいましたか……?」
「っ……! だから、俺の目には涼香しか映ってないってことだよ! 恥ずかしいから二度言わせないで!」
真っ赤になって目を逸らす私に、涼香は蕩けるような甘い笑みを浮かべ、私の頬にそっと手を添えた。
「……ふふ、最高の言質をいただきました♡ 今日の買い物代、すべて私が喜んでお支払いいたしますね」
◇
買い物を終え、両手いっぱいのショップバッグ(ほぼ全て私の服と、お揃いのマフラーだ)を抱えてモールを出る頃には、街はすっかり夜の帳に包まれていた。
街頭の明かりがオレンジ色に灯り、秋の冷たい風が心地よく頬を撫でる。
「寒くなってきましたね、樹くん」
「そうだね。もうすっかり秋だ」
涼香は先ほど買ったばかりの、色違いのお揃いマフラーを取り出すと、私の首元に優しく巻き付けてくれた。
彼女の手から伝わる温もりと、柑橘系の香りがマフラーの生地に染み込んでいく。
「これで暖かく戻れますね。……樹くん、手を繋いでもいいですか?」
「うん。最初から繋いでたような気もするけどね」
私が苦笑しながら手を差し出すと、涼香は嬉しそうに指を絡めてきた。
「大学に入って、いろんなことが変わりました。周りの目も、環境も……。ですが、私が樹くんを愛し、過保護に甘やかしたいという気持ちだけは、一生変わりません」
「……分かってるよ。俺も、涼香のその甘やかしに慣れすぎちゃって、もう他の生活なんて考えられないしね」
「ふふ、ダメ人間への第一歩ですね。大歓迎です♡」
涼香は私の肩にそっと頭を預け、二人の足取りは自然と、温かい我が家へと向かっていく。
氷山妻の過剰な愛寵と、それに甘んじる私の新婚生活。
賑やかで、甘くて、少しだけ不器用な私たちの毎日は、これからも深まる秋の彩りとともに、どこまでも甘美に続いていくのだった――。




