ご褒美の甘やかしと、新しい「兄妹」の距離
【シーン1:午後19時30分、樹のマンション(玄関での強烈な抱擁と充電)】
「ただいま——」
樹が玄関の鍵を開けた瞬間、背後から猛烈な勢いで涼香が抱きついてきた。
「ん……っ、樹くん……っ!」
「わ、涼香……っ!?」
樹がバランスを崩しそうになりながら靴を脱ぐと、涼香は樹の首元に両手を回し、つま先立ちになって樹の唇に何度も何度も小さなキスを落とした。
チュッ、チュッ、と玄関に甘い水音が響き渡る。
「り、涼香……? 玄関だし、まずは荷物を——」
「ダメ。……私、今日どれだけ我慢したか分かってるの?」
涼香は琥珀色の瞳を少し潤ませながら、むすっとした顔で樹を睨みつけた。
トレンチコートと帽子の変装を脱ぎ散らかし、熱っぽい吐息を樹の首筋に吹きかけてくる。
「葵ちゃんが樹くんにくっつくたびに、胸がキリキリ痛んで……『樹くんは私のものなのに』って、何度も叫びそうになったんだから……。……足りないの。全然足りないの……」
「涼香……」
「約束したわよね? 家に帰ったら、私の気が済むまで甘やかしてくれるって……」
涼香は樹の手を自分の腰に引き寄せ、トロリとした瞳で見つめてきた。
「今夜は……一歩も離してあげないから……♡」
【シーン2:午後21時00分、リビングのソファ(極致の甘えと『醋意補償』)】
お風呂に入り、部屋着に着替えた後。
ソファの上で、涼香は樹の膝の上にすっぽりと収まり、まるで抱き枕のように樹の身体に密着していた。
樹の腕を自分の胸元へと引き寄せ、指をしっかり絡めた「恋人繋ぎ」のまま、樹の胸に顔を擦り寄せている。
「ふふ……樹くんの匂い、落ち着く……」
「涼香、晩ごはん冷めちゃうよ? 途中でお鍋止めてるけど……」
「後でいいの。今は……樹くんの『愛』を補給するのが先」
涼香は樹の顎をそっと撫で上げると、上目遣いに囁いた。
「ねえ、樹くん。今日、葵ちゃんに『涼香だけが好きだ』って言ってくれた時……すごくすごく嬉しかったわ」
「本当のことだからね。俺には涼香しか見えないよ」
「……もう一回言って?」
「え?」
「もう一回……『涼香が好きだ』って、私の目を見て言って? 白昼堂々、他の女の子にアプローチされた私のハートに……ちゃんと補償してほしいの」
樹は少し照れくさそうに苦笑したが、涼香の頬を優しく包み込み、まっすぐに瞳を見つめた。
「涼香、大好きだよ。世界で一番、愛してる」
「〜〜〜っっっ♡」
涼香の顔が一瞬で真っ赤になり、恥ずかしそうに樹の首元へ顔を埋めた。
心臓がトクトクと激しく打っているのが伝わってくる。
「……ずるい。そんなにカッコよく言われたら……もっと甘えたくなっちゃうじゃない……っ」
涼香は樹の唇を再び奪うと、今度は深くて甘い、熱を帯びたキスを交わした。
水族館での緊張と嫉妬が嘘のように、二人の間には濃密で甘やかな時間が流れていくのだった。
【シーン3:同刻午後21時00分、葵の部屋(失恋の涙と、捨てない決意)】
一方、自分の部屋でベッドに横たわっていた葵。
目元は赤く腫れていたが、その瞳にはどこかすっきりとした晴れやかさが宿っていた。
デスクの上には、あの古いアルバムが開かれたままになっている。
「……泣きすぎちゃったな」
ぽつりと呟き、葵は体を起こした。
(お兄ちゃんに……ちゃんと気持ちを伝えられた。振られちゃったけど……不思議と、前みたいに苦しくないや)
5歳の冬からずっと胸の中に溜め込んでいた秘密。
それを全部吐き出せたことで、葵の心にまとわりついていた重い鎖が解け落ちていた。
スマホを手に取り、LINEの画面を開く。
そこには、水族館から帰る途中に樹から届いていた心配のメッセージがあった。
『葵、無事に着いたか? 今日は本当にありがとう。ゆっくり休んでな』
葵はふっと優しく微笑むと、画面をタップして返信を打ち始めた。
『お兄ちゃん、私は大丈夫だよ! 今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとう。……それと、振ってくれてありがとう』
一文字ずつ、自分の気持ちを整理するように言葉を紡いでいく。
『私ね、お兄ちゃんの「一番かわいい妹」でいられるなら、それも悪くないかなって思い始めたよ。……でもね! 涼香さんに完全に譲ったわけじゃないからね!』
葵の瞳に、いたずらっぽい光が戻る。
『もし涼香さんがお兄ちゃんを泣かせたりしたら、私がすぐに奪い取っちゃうんだから! だから……これからも一番近くで、お兄ちゃんのこと監視させてもらうね!』
送信ボタンを押すと、葵は深く息を吐き出し、窓の外の夜空を見上げた。
「恋は負けちゃったけど……私はこれからも、お兄ちゃんの『世界で一番特別な妹』だもんね!」
【シーン4:翌朝8時00分、樹のマンション(新しい関係と三人の朝食)】
翌朝。
樹が朝食の準備をしていると、玄関のチャイムが鳴った。
扉を開けると、そこにはすっかり元通りの笑顔を浮かべた葵が立っていた。
「おはよ、お兄ちゃん! 朝ごはん食べに来ちゃった!」
「あ、葵!? お前、体調は……」
「もうピンピンしてるよ! ほら、早く入れて!」
土足で上がり込んでくる葵に、キッチンの奥からエプロン姿の涼香が顔を出した。
二人の視線が交差する。一瞬の静寂の後——
「……おはよう、葵ちゃん。今日も私特製の朝食があるけれど、食べていくかしら?」
涼香が優しく微笑むと、葵は少し頬を赤くしながらも、堂々と胸を張った。
「いただきます、涼香さん! ……ただし、お兄ちゃんの隣の席は譲りませんからね!」
「ふふ、ダメよ。樹くんの隣は『正妻の指定席』なんだから」
「え〜っ! 意地悪!」
朝の光が差し込むリビングで、賑やかに言葉を交わす二人。
修羅場を乗り越え、失恋を糧にした葵と、それを受け止めた涼香。
「兄妹」としての新しい絆を結び直した三人の、甘くて少し騒がしい日常が、再び動き始めるのだった——!




