決戦のアクアランド、そして涙の告白
【シーン1:午後12時40分、イルカショースタンド(修羅場の開幕と周りの視線)】
イルカのショーが盛り上がり、歓声が響き渡るスタンドの片隅。
そこだけが、まるで時間が凍りついたかのような静寂と緊張感に包まれていた。
「す、涼香さん……っ!?」
チュロスを差し出した体制のまま凍りついていた葵が、目を見開いて立ち上がる。
変装の帽子とサングラスを脱ぎ捨て、樹の右腕をしっかりと自分の胸元に抱きかかえた夏目涼香。そのあまりの美しさと強烈な存在感に、周りの客たちからも「え……あの人、モデル?」「修羅場じゃん……」とヒソヒソ声が漏れ聞こえていた。
「どうして……ここにいるんですか……? お兄ちゃんと私の、せっかくのデートなのに……っ!」
葵の瞳に、怒りと悔しさが混ざり合った涙が浮かぶ。
対する涼香は、乱れた息をフゥと整えると、琥珀色の瞳でまっすぐに葵を見つめ返した。その表情には、いつもの余裕のある笑顔ではなく、ひとりの「恋する女の子」としての真剣な光が宿っていた。
「ごめんなさいね、葵ちゃん。隠れてついてくるだけのつもりだったけれど……樹くんに『あーん』しようとするあなたを見ていたら、どうしても胸が張り裂けそうになって……我慢できなかったの」
涼香は樹の腕を抱きしめる力を少し強め、低く、けれど通る声で告げた。
「樹くんは、私の大切な彼氏だから。他の女の子に甘えられている姿を黙って見ているなんて……私には無理よ」
「彼氏……っ。でも、私だって……!」
葵は拳を強く握りしめ、溢れ出そうになる涙を必死に堪えながら、樹の左腕へと抱きついた。
「お兄ちゃん! 行こう……場所を変えよう! こんなところじゃ、落ち着いて話せないよ……!」
左右から二人の美少女に腕を引っ張られ、樹は全身から滝のような汗を流していた。
「あ、葵……涼香……二人とも落ち着いて……っ!」
「「落ち着けるわけないでしょう/ないでしょ!!」」
二人の声がぴたりと重なり、水族館のスタンドに響き渡ったのだった。
【シーン2:午後13時20分、水族館裏手の海が見える丘(三人だけの正面対決)】
水族館の喧騒から離れた、海風が心地よく吹き抜ける高台のベンチ。
樹を中央にして、左側に涼香、右側に葵が座っている。
さっきまでの混乱が嘘のように、二人の間には重苦しい静寂が流れていた。
先に口を開いたのは、葵だった。
「涼香さん……お兄ちゃんから聞いたよ。私とお兄ちゃんが……本当の兄妹じゃないってこと」
涼香は驚く風もなく、静かに頷いた。
「ええ。昨日の夜、樹くんから聞いたわ」
「……ずるいよ」
葵は膝の上でスカートをギュッと掴み、溢れ出る感情を抑えきれないように声を震わせた。
「私……ずっと言えなかったんだよ? 血が繋がっていないって知った時、すごく嬉しかった……。いつか、お兄ちゃんの妹じゃなくて、一人の女の子として見てもらいたいって……ずっと、ずっと夢見てたの!」
葵の目から、大きな涙の粒がぽろぽろとこぼれ落ち、ミニスカートの生地にシミを作っていく。
「でも、お兄ちゃんとの関係が壊れるのが怖くて……『妹』っていう安全な場所に逃げてたの。それなのに……涼香さんはあっという間に現れて、お兄ちゃんの心を全部奪っていっちゃった……!」
「葵……」
樹が胸を痛めて手を伸ばそうとしたが、葵はそれを制するように首を振った。
「言わせてお兄ちゃん! 今言わなきゃ、私……一生後悔するから!」
葵は立ち上がり、涙で濡れた瞳でまっすぐに樹を見つめた。
「お兄ちゃん……ううん、樹! 私、5歳のあの冬の日に……お兄ちゃんに手を握ってもらった時から、ずっと樹が好きだった!」
「っ……!」
「妹としての『好き』じゃないよ! 一人の男の子として……誰よりも愛してる! 涼香さんに負けないくらい……私だって、樹のことが大好きなのっ……!」
海風が吹き抜け、葵の髪とスカートを揺らす。
5歳で親を失い、泣いていた少女が、ついに自分の本当の気持ちを解き放った瞬間だった。
【シーン3:午後13時40分、涼香の宣言と樹の答え(揺るぎない愛と正妻の器)】
葵の命がけの告白を受け止め、樹は言葉を失っていた。
幼い頃から妹として慈しみ、守ってきた葵。その胸の中に、自分に対するこれほどまでに深く、切ない情熱が秘められていたとは。
樹が口を開こうとしたその時、隣にいた涼香が静かに立ち上がった。
涼香は葵の前まで歩み寄ると、ポケットからハンカチを取り出し、葵の頬の涙を優しく拭い去った。
「涼香……さん……?」
突然の優しい手触りに、葵が困惑して目を見開く。
涼香は悲しそうに、けれどどこか愛おしそうに葵を見つめ、微笑んだ。
「葵ちゃん。……あなたの気持ち、痛いほど伝わってきたわ。5歳の頃からずっと抱えてきた恋心……それは決して、私なんかには奪えない、あなたと樹くんだけの特別な時間よ」
「じゃあ……っ」
「でもね」
涼香は葵の肩に優しく手を置き、揺るぎない瞳で言った。
「私は……樹くんを渡さないわ」
その言葉には、一切の悪意も優越感もなかった。ただ、一人の男性を心から愛する女性としての、絶対的な覚悟だけがあった。
「私はね、樹くんの優しさも、情けないところも、私を甘やかしてくれる温かい手も……全部愛してるの。葵ちゃんがどれだけ樹くんを想っていても……私が樹くんを愛する気持ちは、絶対に誰にも負けない」
涼香は振り返り、樹に向かって愛おしそうに手を差し出した。
「それに……樹くんが選ぶのは、私よ。……そうでしょう、樹くん?」
ふたりからの視線が、樹に集まる。
樹は深く息を吐き出し、胸の奥にある想いを固めた。
樹は立ち上がり、葵の目の前へと歩み寄った。
「葵……気持ちを伝えてくれて、ありがとう。今まで気づいてあげられなくて……葵を一人で悩ませていて、ごめんなな」
「お兄ちゃん……」
「でも……俺が好きなのは、夏目涼香だ。俺の隣にいてほしいのは……涼香だけなんだ」
樹は葵の頭にそっと手を置き、かつて幼い彼女を慰めた時と同じように、優しく撫でた。
「俺は……葵の『お兄ちゃん』にしかなれない。どんなに時間が経っても……葵は俺の大切な、世界で一番かわいい妹だよ」
「〜〜〜〜っっっ!!」
樹の言葉に、葵はうつむき、樹の胸に顔をうずめて大声で泣き出した。
失恋の痛みに震える葵を、樹は優しく抱きしめ、背中をぽんぽんと叩き続けた。
涼香はその光景を、嫉妬することなく、温かい瞳で見守っていた。
妹としてのわがままではなく、一人の女性としての失恋を経験した葵を、二人は優しく包み込んだのだった。
【シーン4:午後18時00分、帰路の電車と夕暮れの誓い(新たな関係と二人だけの甘い夜へ)】
泣き疲れた葵をタクシーに乗せて家に帰した後。
すっかり茜色に染まった夕暮れの中、樹と涼香は二人で電車に揺られていた。
車内は空いており、二人は隣り合って座っている。
「涼香……今日は、その……ごめんな」
「何がかしら?」
涼香は樹の肩にぽんと頭を乗せ、疲れたように瞳を閉じた。
「葵のこと……ちゃんと解決できたけど、涼香には嫌な思いをさせちゃったし……」
「ふふ、そうね。嫉妬しすぎて、心が破裂するかと思ったわ……」
涼香は樹の手をギュッと握り締め、指を絡めて恋人繋ぎにした。
「でも……葵ちゃんの気持ちを聞けてよかったわ。これで、彼女も前に進めるでしょうし……私も、樹くんがどれだけ私を大切にしてくれているか、再確認できたもの」
「涼香……」
「……ねえ、樹くん?」
涼香は顔を上げ、少し赤い目で樹を見つめた。
「今日は……たくさん我慢したから。家に帰ったら……いっぱいいっぱい、私を甘やかしてね?」
「うん。……涼香の気が済むまで、ずっと抱きしめてるよ」
「……言ったわね? 絶対に離してあげないんだから……♡」
夕陽が二人の影を長く引き伸ばす中、過酷な修羅場を乗り越えた二人の絆は、より一層深く、甘く結ばれるのだった——!




