最終話:ピンク・ホワイトアウト・ストリートの終幕
武上組の黒塗りの大型セダンが、限界突破のトラフィック(速度)で深夜の第二神明を駆け抜け、ようやく我がホームグラウンド・神戸のドメインへと滑り込んだ。
だが、フロントガラスの向こうにレンダリング(展開)されたのは、テロの火の海なんかじゃねえ。俺たちの脳内OSを完全にフリーズさせる、別の意味で信じられない光景だった。
「……おい、嘘やろ。晴明、あそこの看板も、その先のセクターも全部『満室』のエラーログが出とる……」
後部座席で道満が窓に顔を張り付け、呆然としたパケットを吐き出す。
三ノ宮から湾岸にかけて点在する、軒並みどこのラブホテルも、不自然なほど綺麗にすべて満室の赤文字を点滅させていやがった。それだけじゃねえ。ストリートを歩いている一般のホモ・サピエンスどもが、一ビットの例外もなく全員どこか顔を赤らめて、妙に熱っぽいトラフィックを醸し出しながら夜の街へと消えていく。
「……やりたかないねー、ホンマによー! 母ちゃんの七本目の妖気、ただの破壊パッチじゃなくて街全体の性欲プロトコルを強制書き換えする特大の『色気ウイルス』だったんかよ……ッ!」
大妖怪・九尾の狐が放つ規格外のフェロモンに充てられて、神戸全域のシステムが完全にバグり散らかしてやがる。池袋の西口公園が丸ごとピンク色の霧に包まれたような、最高に気怠くて頭の痛い、だけど誰も逆らえない圧倒的なドメイン上書き(オーバーレイ)だった。
街並を抜け、一階に静かな喫茶店、そして二階に親父の探偵事務所を構える俺たちの本拠地――「フォックステイル」の前に辿り着いた瞬間、車内の全員が言葉を失った。
建物の周囲は、母ちゃんの七本目の妖気の光が文字通りオーバーフローを起こし、まるで夜なのにそこだけ『白夜』のように怪しく、あるいは美しく輝いていた。
俺と道満、涙の枯れた博雅、あるいは冷や汗を流す泰臣と瀬戸の旦那がドアを開けて中にログイン(入店)すると、カランカランと軽いドアベルの音が響く。
珈琲の香りが微かに残るいつもの落ち着いた一階の床には、神戸を強襲しようとしたはずの『コレクター』の術士とおぼしき男5人が、衣服をボロボロにされたまま、ゴミ袋みたいに無残に積み重ねられてデリート(気絶)していた。
底知れない歴史を持つ安倍家の、その『晴明』の名を引き継いだ三代目たる俺。その俺の影に眠る十二天将の一括処理を免れて神戸にログインしたのに……死哀れな奴らだ。
死体の山の上に、優雅に足を組み、圧倒的な美しさと世界を圧殺するほどの覇気をまとった我が母ちゃん――葉子が、あらあら、うふふ、と妖艶な笑顔を浮かべて俺たちを出迎えた。
「おかえり、晴明、泰臣さん。ちょっと夜の街に汚いネズミさんたちが迷い込んできたから、お掃除しといたわよ?」
国を揺るがすテロリストの実行部隊を、ただの「お店のお掃除」プロセスのついでに一括消去した大妖怪の貫禄。保憲が県警本部で血相を変えて慌てふためいていた大パニックの正体は、ただのこの人の『圧倒的なお片付けログ』の残響だったわけだ。
「……よ、葉子さん。留守番ご苦労さん。いやぁ、流石は俺の自慢の嫁はんだわ、ガハハ……」
泰臣が引きつった笑顔のまま、二階の探偵事務所に逃げ込む隙すらなく、必死に言い訳の通信プロトコルを走らせようとする。だが、母ちゃんはその長いまつ毛の奥の瞳を妖しく光らせると、男5人の死体の山からしなやかに降り立ち、親父の胸元へと一気に距離を詰めた。
「ねぇ、泰臣さん? 私、ちゃんと約束通り『二人目』のための準備(七本目のリブート)、ずっと維持したまま待ってたのよ? ……二階に行く前に、まずはここで、わかるわよね?」
母ちゃんは親父のネクタイを指先に絡め、極限まであざとい、だけど一歩でも拒絶すれば神戸の街ごと物理デリートされかねない超特級の「おねだり(ディープキスの催促)」を結線(要求)しやがった。
「お、おう……! 勿論や、葉子さん! 今すぐ濃いめの完全同期といこうやないか!」
クソ親父は鼻の下を限界まで伸ばし、周囲の観測ログ(俺たちの視線)なんか一ビットも気に留めることなく、母ちゃんの腰を引き寄せて盛大な夜のシステム再起動(情事)へとログインしていった。
「ちょっと泰臣さん! 晴明やウチらの前で何しとんねん!」「やめろって言うたやろ、道満! 1パケットも解析すんな、見るな!!」
顔を真っ赤にして指の隙間からスキャンしようとする芦屋家の次期当主と、本気で白目を剥きながら自分の目を強制シャットダウンしようとする、晴明の名を継ぐ俺。その後ろでは、源家の博雅と博臣さんが「……安倍家は本当に、文字通り別格やな」と呆然と立ち尽くし、霊力のない瀬戸の旦那だけが「何や知らんが、ごっつい熱いなぁ」とタバコを吹かしていた。
姫路城を巡る国家規模の大規模ハッキング事件。
その最悪の終わりは、世界で一番逆らっちゃいけない我が家の最強の母ちゃんによる、最高にピンクでストリートな、特大のラブコメパッチによって完全にクローズ(幕引き)されやがったんだ。
……なぁ、あんたならどう思う?
日本の表と裏をひっくり返そうとした外道どもが、ただの夫婦の夜の営みのリソース(燃料)にされて消えていくストリート。
やりたかないねー、ホンマによー! でもまぁ、これが俺たちの生きる、最悪にバグり散らかした神戸の街の日常なんだわ。
(第四シリーズ『白鷺城のホワイトアウト編』・完)




