第三十二話:ラスト・カモフラージュ・最強の留守番パッチ
轟音を立てて吹き荒れていた騰蛇の黒紫の炎が収まるなり、周囲の煙の中から、焦げた前髪を押さえた保憲が凄まじいクエリ(怒声)を飛ばしてきた。
「――滅茶苦茶だよ、安倍君!!」
その隣では、土御門の次期当主である有世が、カタカタと震えながら数歩後ずさりしている。
「晴明先輩……無差別過ぎて引きます……マジで引きます……」
「やりたかないねー、ホンマによー。キリがないから一括処理しただけやし。ほら、保憲に有世、呆れてる暇あったら、そこに転がってる顔のわかる味方(生存ログ)を選別して一箇所に集めてくれ。今から天后のリカバリーパッチ投げるから」
俺が面倒くさそうに指示を出すと、周囲の兵庫県警や陰陽師たちからも一斉に非難の呆れ顔が飛んでくる。だが、親父の泰臣だけはゲラゲラと笑いながら、俺の肩をパァンと叩いた。
「ガハハ! 流石は俺の息子、効率的なデバッグや!」
「……おい泰臣、何が起こったんや? 俺には霊力なんちゅうもんは無いから何も見えんかったが……今の一瞬、物凄く熱かった(オーバーヒートした)ぞ」
高級スーツの襟元をパタパタと扇ぎながら、瀬戸の旦那が怪訝そうなログを吐き出す。極道のトップに「物凄く熱い」と言わしめる三代目の極大火力。
その炎を一人だけ完璧な処理(除外)コードで回避させられていた智規さんも、煤まみれの周囲を見回して呆れたように息を漏らした。
「……相変わらずの、規格外っぷりやな。……晴明君」
だが、決着のタイムラインはまだ止まっていない。
六合の結界が解けた正面では、現当主・博臣と、ボロボロと涙を流す博雅が、智規さんと完全に相対していた。
「……智規。もう、ここまでにしとけ」
博臣さんが苦渋の満ちた声でシステム終了(降伏)を促し、博雅も氣の弓を震わせながら泣き叫ぶ。
「おじさん……! ホンマに、やめてくれ……っ!」
しかし、智規さんはその二人の情を前に、不気味に俯き、ニヤリと口角を吊り上げたんだ。その眼鏡の奥で、最悪の計画完了ログがパチパチと点滅し始める。
「……クク、計画通りだよ……兄貴、博雅……」
「何やと……?」
博臣さんが眉をひそめる。智規さんは狂ったような歪な笑顔のまま、今回のハッキングプロトコルの『真の目的』をデコード(開示)し始めた。
「安倍家の当主に次期当主(晴明)、芦屋家の次期当主(道満)、源家の兄貴と博雅。それに兵庫県警の精鋭に、日本一の極道の組長(瀬戸)……。おまけに加茂家と土御門家のリソースまで綺麗に釣れた。……ククク、これだけの表と裏の主要な住人が姫路に一斉ログイン(集結)して、今頃、本拠地の『神戸』はスッカスカの手薄になってるやろーなぁ……!!」
「――ッ!?!?」
その言葉が空間にプログラミングされた瞬間、俺、道満、保憲、そして瀬戸の旦那たちの顔が一斉に驚愕で凍りついた。
「ヤバい……!!」
誰もが最悪のエラーに気づいて慌てふためく。智規をダシに使った『コレクター』の本当の狙いは、姫路を巨大な囮に仕立て上げ、手薄になった俺たちのホームグラウンド・神戸でとんでもない大規模ハッキング(襲撃)を実行することだったんだ。
全回線がパニックを起こし、今すぐ神戸へ新快速で強制ログアウト(撤退)しようと騒ぎ立てる、そのただ中で。
「――あー。神戸は、たぶん大丈夫やわ」
一人だけ、親父の泰臣がめちゃくちゃ余裕の、だけどどこかバツの悪そうな「引きつった笑顔」を浮かべて手をひらひらと振った。
「……は? 何言うてんねん親父、今すぐ戻らんと神戸の街がデリートされんぞ!」
俺の突っ込みに、泰臣は頭をガシガシと掻きながら、最高に気まずそうな過去ログ(家のセキュリティ設定)を告白し始めた。
「いや、あのさ……。うちの葉子さんの尻尾(尾獣の権限)な。あのヴァンパイア事件の時に【六本解放】したまま、今もリブート(維持)しっぱなしで留守番させてるねん……。なんなら最近、そろそろ二人目でもって……『七本目』の封印も解いてるし……」
「「「「「――――はぁッ!?!?!」」」」」
その場にいた、智規さんや睦会の生き残り、コレクターの術士も含めた『全員』が、文字通り脳内OSが完全にクラッシュ(驚愕)した顔で泰臣を凝視した。
六本の時点で、あのチート級の怪物・酒呑童子(酒井 瞬)や霧の王と完全に同等、いやそれ以上のバグじみた妖力を放っていた大妖怪・九尾の狐。それが「七本目」までシステム解放した状態で、怒らせたら一番怖い顔して神戸の家に鎮座している。
……なぁ、あんたならどう思う?
手薄な神戸を狙ってログイン(襲撃)を仕掛けたコレクターの哀れなハッカーどもが、今頃どんな凄惨な方法で分子レベルまで一括消去(強制デリート)されているか、想像するだけで俺の網膜のOSがひっくり返りそうやわ。




