第三十話:マルチ・タスク・混沌のフルコンパイル
相坂トンネルの入り口を包むドス黒い空気。
眼前に立ち塞がる『睦会』の精鋭と、智規の薬物によって狂気のエラーを起こしている警察官たちを前に、俺の脳内OSは超高速で演算回路を回転させていた。
「……やりたかないねー、ホンマによー。睦会のヤクザに、バグった警察官が混ざった混成防衛壁とか、どう立ち回れば一番効率よくタスクキルできんねん」
俺が毒づきながら最適ルートを探す横で、道満はコートの袖を震わせたまま、完全に処理落ち(唖然)しかけていた。
「嘘やろ……。あの瞬さんの死亡ログが、巡り巡ってこんな特大バグを引き起こすなんて……」
だが、その絶望のトラフィックをぶち破ったのは、実の叔父を狂わせた元凶が『コレクター』だと知った博雅だった。
大粒の涙が博雅の頬を伝い、黄金の氣の残光となって夜の闇に蒸発していく。博雅は俺たちのホールドを力ずくで振り切ると、その手にまばゆい『氣の弓矢』をレンダリングさせながら、セダンの外へと一気に飛び出した。
「……それでも、俺は叔父さんを止める!!」
次期当主としての悲痛な咆哮。博雅が黄金の矢を引き絞った、まさにその瞬間だった。
――ゾワッ!!!
トンネルの周囲の闇、テクスチャの隙間から、ドロドロとした黒い『触手』のような禍々しい霊気のパケットがおびただしい数で伸びてきて、俺たちのセダンごと一斉に襲いかかってきやがったんだ。
「チッ、どこかに『コレクター』の術士どもが潜んで遠隔ハックを仕掛けてきてるわ! 晴明、太裳や!」
「分かっとる! 【太裳:認識阻害】――座標データを攪乱しろッ!」
俺は即座に印を結び、無色の氣で周囲の空間の観測ログを不規則に書き換えた。直後、襲いかかってきた黒い触手の群れは俺たちの正確な座標を見失い(スキャンエラーを起こし)、セダンのすぐ脇の地面を激しく穿った。
だが、ステルスで凌ぐのも時間の問題。そう思ったまさにその時だった。
山道のプロトコル(後方)から、まばゆいヘッドライトの光の束と、凄まじいトラフィック(軍勢)が爆音と共に滑り込んできた。
「――安倍君、遅れてすまない。オムライスではなく、賀茂保憲だ」
拡声器のノイズ混じりの声と共に現れたのは、土御門の術士を率いる有世、そして陰陽界の総力を挙げた保憲だった。だがそれだけじゃない。
パトランプを激しく点滅させた本物の警察車両の列から、一人の威厳あふれる男が、兵庫県警の精鋭部隊を引き連れてログインしてきた。博雅の親父であり、源家現当主――源 博臣だ。
博臣さんは弟の変わり果てたエラーログ(姿)を睨みつけ、裂けるような声を響かせた。
「――智規……! この、馬鹿野郎が……ッ!!」
現れた本物の統治システム(兄)を前に、智規さんは眼鏡の奥の目を歪に細め、冷酷な笑顔のパケットを返した。
「兄貴……。私が認められない源家なんてね、この現代のシステムごと滅びるべきなんや」
智規さんはポケットから不気味に発光する青い『薬物』の入ったカプセルを掲げ、ケラケラと笑いながらさらにソースコードをデコードする。
「このコレクターの薬物やけどな、飲むと脳内のノイズが消えて、頭が最高にスッキリすんねん。それだけやない……! 飲んだ人間の霊力を一時的に限界まで引き上げる(オーバークロックする)機能もある。……すでに、白鷺城のあの死んだ男たち(リソース)で立証済みや!」
その悪魔のプロトコルに、親父の泰臣が、タバコを地面に吐き捨てて冷徹な目を向けた。
「……おいおい。生きた人間の命をただの消費資源(素材)にした、まるで悪魔の実験やなぁ、智規ちゃん」
「ええ、その通りです。さぁ――全てを消去しなさい!!」
智規のそのコマンド(命令)をトリガーにして、睦会のヤクザ、バグった警察官、コレクターの触手、そしてこちら側の兵庫県警と御三家の術士たちが、爆音と共に一斉に正面衝突した。
相坂トンネルの入り口は、日本の裏と表の全てを巻き込む、過去最悪の『乱闘ドメイン(大乱戦)』へと強制リブートされやがったんだ。




