第三話:不穏なパラレル、あるいは新快速の密談
三ノ宮駅、中央口の長いエスカレーターを上がりきり、4番ホームへ。
道満の「三回宣言」の残響で、俺の社会的ステータスは既にマイナス値を叩き出していたが、追い打ちをかけるようにその「後ろ姿」が視界にログインしてきた。
冬のコートを羽織り、気だるげに電光掲示板を見上げている男。
「……親父。なんでこんなところで、死んだ魚の目をして新快速待っとんねん」
俺が声をかけると、泰臣はゆっくりと振り返り、俺、道満、そして博雅を順にスキャンして、薄く笑った。
「よぉ、晴明。……お前ら、仲良く指輪晒して、播州へ駆け落ちか? 若いねー、やりたかないねー」
「誰が駆け落ちやねん! ……こっちは保憲に、姫路の不具合をデバッグしてこいって命令されとんねん」
「姫路、ね。……奇遇だな。俺も今から白鷺城へ『捜索願』のパッチを当てに行くところやわ」
まもなく4番線に滑り込んできた新快速のブルーのライトが、ホームを照らす。俺たちは逃げるように車内へ滑り込み、転換クロスシートのボックスに陣取った。博雅は道満の「三回ログ」から逃れるように一つ後ろの席へ、俺は親父と対面に座る。
「……で、親父。探偵事務所にどんな依頼が来たんだ?」
泰臣はスマホの画面を俺に見せてきた。そこには、派手なメイクだがどこか不安げな女の顔。
「雅っていう、俺がたまにログインするキャバクラの嬢だ。……親友が行方不明になったらしい。話を聞くと、最近流行りの『姫路城・肝試し』に男女四人で凸して、それっきり全員の通信がロストしたんやと」
「……四人全員が? それ、警察(公的機関)の案件やろ」
「普通はそうなんやけどな。……警察は『どうせ駆け落ちか夜逃げだろ』って、まともにログを追ってくれへんらしい。そこで雅ちゃんが、泣きながら俺の事務所に転がり込んできたわけや。……報酬は現金プラス、彼女との『一日デート権』だとよ」
「……はぁ。やりたかないねー、ホンマによー。親父、あんた母ちゃんに殺されるぞ」
「バレなきゃパッチ(嘘)は真実だ。……だが、四人同時に座標が消えるのは、ただの家出じゃねーわ。葛城のような存在が、生きた人間を『素材』として吸い出した可能性が高い」
なぁ、あんたならどう思う?
俺たちは地脈の調査、親父は失踪者の捜索。
二つのバラバラだった依頼が、新快速の加速と共に、姫路城という一つの「巨大なバグ」へ収束していくなんて。
「……晴明。……その雅って女の人、うちより可愛いの?」
横でずっと黙っていた道満が、低い声で指輪をギリギリと鳴らしながら聞いてきた。
……やりたかないねー、ホンマによー。……目的地に着く前に、この車両の空気が完全にホワイトアウトしそうだわ……
「……泰臣さん。その消えた四人、何か共通点はないんですか?」
後ろの席から、博雅が身を乗り出して尋ねる。
「いい指摘だ、博雅。実はな、消えた四人のうち一人が、姫路の古い地主の血筋らしい。神域の『アクセスキー』を遺伝子レベルで持っている可能性が高いんだわ」
新快速は、加古川を過ぎたあたりでさらに加速する。窓の外には、冬のどんよりとした播磨平野が流れていく。俺は左手の指輪を弄りながら、不吉な予感を噛み締めていた。
「……なぁ親父。地脈のスキャンと、キーとなる人間の失踪。……これ、単なる偶然じゃ済まへんよな」
「だろうな。誰かが白鷺城のシステムを根こそぎ奪おうとしとる。……雅ちゃんの親友はそのための『鍵』にされたんかもな」
道満は、嫉妬というよりは、事件の気味悪さに真剣な表情で窓の外を凝視していた。
「……晴明。城の方向、何か変なノイズが見えるわ。……雪でも霧でもない、真っ黒なノイズの壁が」
「……やりたかないねー、ホンマによー。……目的地に着く前に、俺の精神リソースが枯渇しそうやわ……」
列車が大きく揺れ、遠くに白く光る「白鷺城」のシルエットが見えてきた。だが、その城を包んでいるのは、優雅な美しさとは程遠い、歪んだ座標の欠落だった。




