第四話:白鷺城オーバーレイ・雅の欠落したログ
姫路駅の北口ロータリー。冬の乾いた風が吹き抜ける中、人混みを割って現れたのは、夜の街のネオンをそのまま昼間に持ち出したような、とんでもない美女だった。
「泰臣さぁん! 待ってたわぁ!」
声を上げたのは依頼人の雅だ。タイトなコートに身を包んだ彼女が駆け寄ってくると、周囲のドメインが一気に華やかな香りに上書きされる。
「おぉ、雅ちゃん! いやぁ、今日も一段とテクスチャの完成度が神がかってるねぇ。わざわざ迎えに来てくれるなんて、俺の全ログが歓喜してるわ」
親父が鼻の下をデリートしたくなるほど伸ばし、デレデレと雅に近寄っていく。……はぁ。やりたかないねー、本当に。親父のこんな無様な実行ログ(デレデレ顔)、三ノ宮からわざわざ観測しに来たわけじゃねーんだわ。
「……お、。確かに、親父が馬鹿になるのもわかるわ。あの造形、最新のグラフィックエンジンでもレンダリング不能だろ。……なかなかの完成度じゃねーの」
俺が呆れつつも思わず見惚れていると、隣から「メキメキッ」と、何かが物理的に砕ける不穏な音が響いた。道満の左手の指輪が、嫉妬という名のノイズで真っ赤にオーバーヒートしている。
「……晴明。あんた、今『なかなかの完成度』って言うた? うちというメインシステムがおるのに、そんな派手な外部デバイスに見惚れるんや」
「……あ、いや、これはただの視覚情報のスキャンであって……」
なんか親父と母ちゃんのやり取りみたいだな。
「うるさいわ! 雅さんやっけ? 泰臣さんはともかく、この晴明には近寄らんといて! この指輪、見えへんの!?」
道満が雅との間に割って入り、指輪を嵌めた左手を突きつける。雅は「えっ、あ、あの……泰臣さんの息子さん……と、彼女さん?」と引き気味に首を傾げ、博雅は「……この親子、マジで終わってんな。播州まで来て何やっとんねん」と死んだような目で天を仰ぐ。
「……やりたかないねー、ホンマによー。……雅ちゃん、このバグった痴話喧嘩のログを固定する前に、まずは本題を見せてくれへん?」
俺が強引に話題を切り替えると、雅はハッとして表情を曇らせ、震える手でスマホを差し出した。
「これ、……消えた親友から最後に届いた動画なんです。姫路城の、西の丸に入った直後に途切れてて……」
四人でスマホの画面を覗き込む。
動画は肝試しのハイテンションなノイズで始まっていたが、城壁の角を曲がった瞬間、音声が「キィィィン」という不快な高周波に書き換わった。
「――なぁ、見て。城壁が、バグっとる……?」
動画の中、国宝の白い壁が、まるで絵具のようにドロドロと崩れ落ち、その奥から「真っ黒な回路図」のような光の線が剥き出しになっていた。そして、カメラを構えていた奴が悲鳴を上げた瞬間、画面いっぱいに『Unauthorized Access(不正アクセス)』という真っ赤な警告文字が強制表示され、通信がロストした。
「……これ、ただの心霊現象じゃないわ。城の神域データそのものを、何者かが強引に吸い出しようとしとる」
泰臣の目が、デレデレした親父から「探偵」のそれに切り替わる。
俺の左手の指輪も、動画から漏れ出る不気味な拒絶反応に呼応して、かつてないほど激しく脈動し始めた。
「……行くぞ、。……雅ちゃん、案内してくれ。……俺たちの縄張りに、こんな汚いクラッキング仕掛けた奴……一パケット残さずデリートしてやるよ」




