第二十八話:ルサンチマン・プロトコル・歪んだバランス
キィィッ、と激しいブレーキ音を立てて、黒塗りの大型セダンが相坂トンネルの手前へとログイン(停止)した。
ヘッドライトの白光が、不気味に口を開けるトンネルの入り口を照らし出す。だが、その光の先にレンダリングされた光景に、車内のトラフィックが一瞬で緊迫の臨界点を迎えた。
そこには、パトランプを消した不審な警察車両の網の目と、その影に潜む、明らかにカタギではない殺気を放つ男たち――九州から出向いてきた『睦会』の精鋭部隊が、トンネルのバックドアを死守する強固なファイアウォール(防衛壁)として待ち構えていたんだ。
「――チッ、待ち伏せかよ! オヤッサン、今すぐ金原の親父に連絡して、若い衆をこちらに大急ぎで突っ込ませますわッ!」
運転席の若い衆――戸田が、慌ててスマートフォンに手を伸ばそうとする。だが、その回線を助手席の親父が鋭い手つきで制した。
「待て、戸田君。ここで大兵力を動かせば、それこそ表の県警本部を嵌める決定的な証拠を観測されちまう。ここは俺たちのリソースだけで叩く」
「――叔父さんッ!!」
その泰臣の言葉を無視するように、博雅が黄金の氣を爆発させ、勢いそのままに車外へ乗り込もうとする。
「待てって、博雅!」「落ち着きぃな、博雅!」
俺と道満が、両側から博雅の戦闘用コートの袖を力ずくで引っ張り、その無鉄砲なログインを強制停止した。
その時だった。
不気味な静寂を保っていたトンネルの奥から、コツ、コツ、と不自然に整った革靴の音が響いてきた。
暗闇から這い出るように姿を現したのは、スーツの胸ポケットから白いハンカチを抜き出し、神経質そうに眼鏡を拭いている男――源 智規だった。智規さんは俺たちの車を一瞥すると、やれやれ、と呆れたように息を漏らした。
「......思ったよりも速かったですね、皆さん」
その冷徹なクエリに対し、泰臣がセダンのドアを開けて車外へと足を踏み出す。ジッポでタバコに火を点け、紫煙をくゆらせながら、いつもの飄々としたトーンで返した。
「いやいや、やってくれたねぇ、智規ちゃん。城の祭壇ごと俺たちを貼り付けるなんて、大したカモフラージュ(囮)だわ」
「泰臣さん......貴方のその余裕、いや、雁助さんと兄貴を含めた、貴方方三人のその態度......。私は昔から、本当に気に入らんかったんですよ」
智規さんはハンカチをポケットへと戻し、ゆっくりと眼鏡を顔へと掛け直した。その奥にある瞳には、かつての過保護な叔父のテクスチャなど一ビットも残っていない。ただ冷酷な笑顔だけが、街灯の光にレンダリングされている。
「おやおやー、嫉妬とは情けないねぇー、智規ちゃん」
泰臣のからかうような煽りパケット。だが、智規さんはその笑みを崩さないまま、静かに脳内の古い過去ログ(本音)を吐き出し始めた。
「確かに、嫉妬でしょうねぇ......。昔から、氣の質も量も、兄貴(博臣)より私の方が遥かに上だった。せやのに、先代当主である親父は、裏の掃除屋の仕事も、源家の当主の権限も、すべて兄貴に与えた。私は日の目を浴びることのない、ただの補佐役プログラムに甘んじるしかなかった」
一歩、智規さんが俺たちの方へと近づく。その全身から、これまでに観測したことのない、どす黒く研ぎ澄まされた膨大な氣のノイズが立ち上り始める。
「いやぁー、恨みましたよ。能力的には私の方が完全に上だったんだからね。......因みに、親父が私ではなく、兄貴を次期当主に選んだ本当の理由(システム設定)を知っていますか?」
智規さんはレンズの奥の目を歪なほど細め、狂気に満ちた声を響かせた。
「安倍家、芦屋家、源家の、御三家のパワーバランスを保つため......ただそれだけやとよ。......アホくさかったねぇ、ホンマに」




