第二十七話:クロス・コンパイル・混沌のゲートウェイ
黒塗りの大型セダンが夜の闇を切り裂き、相坂トンネルへと続く静まり返った山道へとログインした、その時だった。
先ほど切断されたはずの俺のスマートフォンが、再び鼓膜をぶち抜くような緊急アラートを鳴り響かせた。画面に点滅するアドミン名は、またしても『賀茂保憲』。
「……やりたかないねー、ホンマによー! 会長、いくらなんでもシステムコール(再電)のインターバルが短すぎひんか?」
『安倍君、冗談を言っている暇はない。こちらの総力を挙げて緊急デバッグ(調査)を走らせた結果、とんでもない特級バグコードが検出された』
スピーカーから流れる保憲の声は、先ほどとは比較にならないほど冷徹に、 trenches(緊迫)の度合いを深めていた。
『加茂家の全リソース、さらに有世のところの土御門家を総動員して今回の姫路の事件を過去ログまで洗い直した。……突き止めたで。今から約三ヶ月前、源智規は「ある正体不明の術士達」と秘密裏に接触している』
「……どこの馬の骨やねん、その術士達は」
『それが、ただのイレギュラーなノイズではないんだ。その術士達のアクセスログ(足跡)をさらに逆探知したところ……驚きなよ。彼らはあの【ヴァンパイア事件】の時、裏で糸を引いていた「葛城」のセクターにも接触していた形跡が残っていた』
「――なッ!?」
俺のクエリに、保憲の鋭い声が重なる。
『あの事件の裏で蠢いていた闇のネットワークは、まだシャットダウンされていなかったんだ。そして――』
保憲がさらに次の致命的なパケットを送り込もうとした、まさにその瞬間。
助手席の泰臣の後ろ――後部座席の俺たちの前、真ん中に座っていた、瀬戸の旦那の携帯電話が、まるで悲鳴を上げるような音を立てて激しくバイブレーションを繰り返した。
旦那が画面をスキャンした瞬間、その眼の奥の瞳が、これまでに見たことのない修羅の光を湛えて細められた。ボタンを押し、耳に当てた受話器の向こうから、ノイズ混じりの緊急プロトコルが漏れる。
『――組長! 大変ですわ! 九州の直系組織が一斉に……ッ! 拠点が次々と不審な襲撃を……っ、がはッ、通信強制終了――』
「おい、どうしたッ!? ……チッ、回線が焼き切れよったか!」
瀬戸の旦那がめずらしく声を荒らげ、スマートフォンを握りしめて怒号を車内に響かせた。
「……睦会か……ッ!!」
その凶悪な組織名が旦那の口から吐き出された瞬間、運転席の若い衆の背中が恐怖でカチコチに凍りつくのが分かった。
「……旦那、睦会って、あの九州最大を誇るっていう武闘派かよ」
泰臣の問いに、瀬戸の旦那は奥歯をギリリと噛み締めながら、殺気立ったログを吐き出す。
「あぁ。全国統一を目指すうちの菱王会の九州進行を、力ずくで阻み続けてきた最大の障壁や。今は不可侵の『休戦協定』を同期(締結)しとるはずのタイムラインやのに……何や、九州の身内の組が一斉に襲撃されとるらしいわ!」
極道界のパワーバランスを揺るがす同時多発の大バグ。
その混乱を遮るように、俺の耳元でずっと繋がっていた保憲の冷徹な音声ログが、最後の決定的なパズルピースを俺の脳内へと直接コンパイル(同期)してきた。
『……安倍君、瀬戸の組長さんの携帯に入った情報とも、今ここで完全同期したよ。土御門と加茂のダブルスキャンが最後に弾き出した結論を言う。……源智規の裏にいる正体不明の術士達と、その九州の「睦会」。その二つの組織が、裏の深層で最初から完全に繋がっているところまで、こちらのシステムはすでに掴んでいる』
「――ッ!!!」
そのパケットが脳内を完全に上書きした瞬間、俺、道満、あるいは博雅はあまりの事件のスケールの巨大さに息の根を止められそうになった。
智規の狙いは源家の内乱なんだろう。だが裏の呪術の禁忌と、表のヤクザの巨大な暴力。その二つを同時多発でリブートさせ、日本の『表と裏』の統治システムそのものを一根こそぎハッキング(転覆)させるための、国家規模の大規模凶悪プログラム迄は知っていたのか?
「……やりたかないねー、ホンマによー! 姫路の心霊スポットに潜る前に、日本の裏社会全体のセキュリティが崩壊する秒読みが始まっちまってんじゃねえかよ……!」
行く手の闇の奥、最悪のゲートウェイ(相坂トンネル)が、俺たちのヘッドライトの光の中に不気味にその輪郭をレンダリング(露わに)し始めていた。




