第二十六話:ルート・セレクション・相坂へのトラフィック
「よし、ハル坊、泰臣。金原の若い衆に車を回させとる。次の行き先へ一気に急行するぞ」
瀬戸の旦那が鋭い声で告げると同時に、俺たちは夜のホテルから滑り出るように出撃した。ロビーを抜けてロータリーに滑り込んできたのは、武上組の黒塗りの大型セダン。ドアが開き、俺、道満、博雅、そして親父が滑り込むようにログイン(乗車)する。
「……なぁ親父。小赤壁でも赤屋根でもなく、次の行き先は『相坂トンネル』で確定なんか?」
俺が運転席のナビ画面を見つめながらクエリを投げると、助手席の泰臣が咥えタバコのまま、ひどく悔しそうに前を見据えた。
「あぁ、間違いねぇ。あいつの次の本命セクターは、相坂トンネルあたりだろうよ」
「なんでや? 現実に人が死んでエラーを吐いとるのは、小赤壁と赤屋根やろ?」
後部座席で道満が怪訝そうにコートの袖を揺らす。泰臣は、タバコの煙を窓の隙間から吐き出しながら、冷徹なシステム分析を口にした。
「……霊的干渉の強さの問題や。あの相坂トンネルはな、姫路のドメインにおいて、お菊井戸の次に霊的エネルギーのトラフィック(干渉)が強い場所なんだわ。……いやぁ、今回は完全にやられたわー」
親父がふっと自嘲気味に笑い、頭をガシガシと掻いた。
「智規の奴、昔から俺たちの掃除屋としての仕事を知り尽くしてやがるからな。俺たちの裏をかくのなんて、奴からすりゃあ簡単なプログラムだったろうよ。……あの白鷺城の祭壇自体、俺たちをそこに貼り付けて時間を奪うための、最初からの特大のトラップ(囮結界)だったんだよ。小赤壁と赤屋根で同時に死体を上げたのも、本命の相坂トンネルから俺たちの目を逸らすための分散処理や」
泰臣の言葉が車内に響き、夜の国道を走るセダンのトラフィックが一気に緊迫感で跳ね上がる。
助手席からバックミラー越しに泰臣の冷徹な目線が、後部座席の博雅へと注がれた。
「博雅、お前の叔父貴は本気だぞ。今度こそ、カモフラージュ抜きの本命のバグ(禁忌)をリブートしに来る」
「……分かってます。でも、俺たちの回線(絆)はそんなにヤワじゃない」
博雅が黄金の氣を微かに滾らせながら答えると、俺はその広い背中を、パァンッ、と強めのパケットで叩いた。
「やりたかないねー、ホンマによー。……まぁ、そういうこっちゃ、博雅。お前が黄金の弓を構えるなら、俺が太裳でも六合でも張って、一パケットのノイズもその身に通さんように完全防御したるわ」
「そうやで、博雅! うちの術式展開と晴明の『無色の氣』、それにあんたの黄金の矢が合わされば、どんな巨大バグコード(禁忌)がリブートしてこようが、一瞬でシステム強制終了や!」
道満も反対側から博雅の背中をポンと叩き、あの時のあざとい部屋着ではなくいつもの戦闘用コートに身を包んだ瞳を爛々と輝かせる。
「晴明、道満……。泰臣さん、瀬戸の旦那。……ありがとう」
博雅の瞳の奥で、源家の次期当主としての本物の『覚悟』と、俺たちデバッガーへの信頼の通信プロトコルが完全同期された。
黒塗りのセダンは夜の闇を引き裂き、最悪のバグが待ち受ける姫路屈指の心霊セクター、相坂トンネルへと向けてアクセルを踏み込んだ。




