第二十話:アンダーグラウンド・プロトコル・一つの裏(ダークウェブ)
疲れ切ったシステムを休めるため、ようやく駅近くのビジネスホテルへと帰還した俺たち。パトランプの残光が網膜に焼き付いたまま、重い足取りでロビーの自動ドアをくぐった、その時だった。
ソファに見覚えのある、圧倒的な存在感を放つ『後ろ姿』がスキャン(観測)された。
「――おぅ、久しぶりやな、泰臣。それにハル坊らも」
ゆっくりと振り返ったのは、神戸の裏社会を絶対的なアドミン権限で統治する広域暴力団・菱王組の瀬戸組長だった。仕立てのいい高級スーツに身を包んだ瀬戸の旦那が不敵に笑うだけで、ホテルのありふれたロビーが一瞬にして極道のドメインへと書き換えられる。
「……瀬戸の旦那? なんで姫路くんだりまで、菱王組のトップがログインしてきとんねん」
親父の泰臣がいつになく鋭い目つきになり、タバコの煙を吐き出しながら尋ねる。瀬戸の旦那は深くソファに背を預け、眼鏡の奥の目をわずかに細めた。
「ちーとな、姫路の警察がおかしな動き(ノイズ)をしとるっていうログが入ってな。……ここ姫路の街を裏で取り仕切っとるのは、うちの直系で幹部も任せとる『武上組』の組長なんやが、そこから緊急の連絡が飛んできたんや。それで俺もわざわざ神戸から出向いてきたわけよ」
瀬戸の旦那は静かに指を組み、俺たち全員を値踏みするように見据えた。
「泰臣、お前らの認識はまだ甘いわ。表社会のシステムは一つかも知らんがな、裏社会のネットワークってのは……ヤクザや半グレ、それに霊的な掃除屋、お前らの呪術もひっくるめて全部が繋がっとる『一つの裏』なんや。その裏側のトラフィックは、何でも俺の耳に入るようになっとる」
旦那の放つ絶対的な王の威圧感に、横にいる博雅と道満が小さく息を呑むのが分かった。
「お前ら神戸の掃除屋が姫路に潜って調査しとることも、うちのネットワークは全部既読(スキャン済み)や。……どうやら俺が掴んどる警察のバグデータと、お前らがさっきまで叩いとった祭壇のログ……いい情報交換になりそうやな、泰臣」
事件は警察の手で「自殺」としてあっけなく幕引き(シャットダウン)された。だが、この裏社会のマスターキー(瀬戸)が持ち込んできた新たなパッチによって、白鷺城を巡る最悪のバグは、ここからさらに巨大なドメインへと拡張されていく。
「……やりたかないねー、ホンマによー。これで神戸に帰ってシャットダウン(就寝)できると思ったのに、ここからが本当の戦いの始まりかよ……」
俺はポケットの中で五芒星のジッポを弄りながら、じわじわとこみ上げる不気味な熱量を必死に抑え込んでいた。




