第十五話:白鷺のハッキング・脈動するタイムリミット
城の地下とは思えないほど巨大な空洞。その中央でドクドクと脈動し、おぞましい光の線を吸い上げている『地脈の祭壇』を前に、俺たちのシステムは完全に圧倒されていた。
「……やりたかないねー、ホンマによー。地下にこんな巨大な違法サーバー(祭壇)隠し持ってるとか、白鷺城のセキュリティはどないなっとんねん」
俺が毒づきながら「無色の氣」を指先に集めると、横にいた道満がコートの袖をぎゅっと握りしめ、祭壇の奥の闇を凝視した。
「晴明、見て。回路の光の線が、あの奥の二つの『檻』みたいな結界に繋がっとる……!」
道満が指差した先――おびたたしい黒い回路図の終着点には、禍々しい霊気の檻が二つ、不気味に浮かび上がっていた。
その檻の中に捕らえられているのは、ぐったりと意識を失っている二人の女性。……間違いない、雅さんの親友とその友達の女の子だ。男二人が完全に抜け殻にされ、残された彼女たちの体から、細い光のパケットが一本ずつ、祭壇의 コアへと容赦なくスクレイピング(抽出)され続けている。
「……コード進行度『9-9-9-1』。最後の『1』が完了する前に、あの二人を引きずり戻さなあかん。博雅、いけるか!」
「おう、分かっとる! 源家の次期当主として、これ以上女の子たちのログをバグらせたままにできるか!」
博雅が実直な氣を滾らせて前に出ようとした、その時。
祭壇のドクドクという脈動のテンポが、一気に跳ね上がった。
――ガガガガ、と地下空洞全体のテクスチャが激しく点滅し始める。
『……やれやれ、主殿。敵もさるもの、地上で泰臣が仕掛けた遅延パッチを、力技で焼き切りよったわい。……それと、主殿。お前はこのコードの本当の意味、それぞれに割り振られた【名称】に気づいておるか?』
影の底から、おじいちゃん天将である【玄武】の、枯れた、だが冷徹な音声ログが脳内に直接響いた。
「名称……? ただの不気味な数字の羅列じゃないんか、玄武」
『……そんな単純なパッチではないわい。この地脈の祭壇は、姫路の神域を完全に上書き(オーバーライト)するための演算を行っておる。
最初の「9」は、城の神域を支える九つの守護ノイズを解除する【九字封解】。
次の「9」は、地脈のコアを強制ハックする九つの解凍プロセス【九曜展開】。
三つ目の「9」は、贄とした魂の九割のリソースを抽出する【九終抽出】。
……そして最後の「1」は、残り一人の魂が完全にデリートされた瞬間にハッキングを確定させるトリガーコード――【一縷終焉】じゃ』
玄武の老練なスキャン結果が、俺の脳内を最悪のノイズで満たした。
「一縷終焉……!? 待て、男二人は死んだ。残ってる女の子は、二人やぞ!?」
『そう、つまり二人(雅の親友と、その友達)のうち、どちらか「片方」のログが完全に消去された時点で、このハッキングは完了(成立)してしまう。……二人とも救わねばならん。片方でもシステムからデリートされれば、その瞬間にすべてが敵の手に掠奪されるという、最悪のタイムアタックじゃ』
「チッ、タイムアタックの難易度がいきなりインフェルノに跳ね上がりやがった……!」
二人同時に、一パケットの遅れもなく救い出さなきゃならない。片方でも死ねば、その瞬間にゲームオーバーだ。
「晴明、うちは右側の檻の結界を術でハックする! 晴明は左側を頼む!」
「分かった、道満! 同時リブートだ、一ビットでもズレたら終わんぞ!」
俺は迫り来る黒い回路図のノイズを前に、心底ダルそうに溜息を吐き出した。
ポケットから愛用のジッポライターを抜き出す。その表面には、俺の「無色の氣」に反応して鈍く発光する『五芒星』の術式が刻まれていた。
カチャ、と金属音を響かせて蓋を開け、親指でホイールを回す。
小さな火花が五芒星の回路を通り、無色の氣を燃料にして青白い炎へとレンダリングされた。俺は咥えたタバコの先端にその火を近づけ、深く紫煙を吸い込んだ。
ふぅ、と煙を吐き出す。
タイムリミットが刻一刻と迫る最悪のドメインで、タバコに火を点ける数秒のタイムラグ。それ自体が、俺の脳内CPUの熱を無理やり冷ますためのデバッグ・プロセスだった。
「……おい、太陰。お前がそんなに影のセクターで暴れたいんやったら、しゃあないからログインさせてやるわ」
俺はジッポの蓋をパチンと閉めると同時に、左手の指先で風のトリガーを引いた。
「――この最悪に生臭いノイズごと、その突風で全部吹き飛ばしてまえッ!」
俺の咆哮と同時に、五芒星の残光を孕んだ暴風が地下空洞へと解き放たれ、澱んだ空気が激しく鳴動し始めた。




