第十四話:封印セクター・あるいは残像のスクレイピング
非公開エリアの最奥。辿り着いたその場所には、国宝の古びた板壁と、冬の埃が薄く積もった床があるだけだった。不気味に溶けかかっていた黒い回路図のテクスチャすら、ここでは綺麗に途切れている。
「……あれ? 晴明、ここ、行き止まりやで。何もないわ」
道満が拍子抜けしたように周囲を見回し、博雅も「お菊さんのナビゲーションがバグったんか?」と首を傾げる。だが、俺の全スキャン(直感)は、この空間の不自然な静寂を強烈に拒絶していた。
――チッ。
その時、俺の影のセクターから、退屈を何より嫌う天将――【太陰】の、ねっとりと張り付くような音声ログが脳内に直接送り込まれてくる。
『……熱いねぇ、三代目。このクソつまんない偽装パッチの奥から、死の匂いがこびりついてるよ。……ねぇ、早くうちを呼び出して暴れさせておくれよ。鼻のOSがひっくり返りそうな、最悪に生臭い風が漏れまくってて、うちは退屈で死んじゃいそうなんだわ』
「……太陰がそう言って暴れたがっとるんなら、確定やな」
俺は「三代目」という呼び声に小さく肩をすくめ、正面の壁へと歩み寄り、無骨な木肌に右手のひらをべったりと当てた。脳内のリソースを絞り出し、掌から「無色の氣」を一気にその構造体へと流し込む。
――ガガガ、と空間の座標が物理的に軋む音が鳴り響いた。
俺の氣に弾かれるようにして、壁の表面に貼られていた偽装パッチ(隠蔽結界)がドロドロと剥がれ落ちていく。木目が歪み、空間が反転するようにして、漆黒の闇へと続く「隠し階段」が網膜の前にレンダリングされた。
「……バックドア、開いたわ。急ぐぞ!」
俺たちは太裳の認識阻害を維持したまま、吸い込まれるように闇の階段を駆け下りた。だが、階段を降りきった地下の通路で、俺たちの足は完全に凍りつくことになる。
「――嘘、やろ……」
道満が小さく悲鳴を上げ、コートの袖を凝視した。冷たい石床の上、一人の若い男が不自然な角度で横たわっていた。手にはカッターナイフ。喉元は深く裂け、そこから黒い霧のような痣が立ち上っている。ホテルの六一〇号室で観測したあの凄惨な「自殺の偽装ログ」と、一ビットの狂いもない、二人目の犠牲者(抜け殻)だった。
「……やりたかないねー、ホンマによー。昨夜の死体に、中3の春休みのあの最悪な記憶まで……。……嫌なトラウマ思い出させてくれるやんけ……ッ」
ギリ、と奥歯を噛み締める。
脳裏にフラッシュバックしたのは、中3の春休み――あの時、自分のすべてをデリートしかけて、究極の禁忌である『朱雀』の時間回帰を強制発動させた、あの狂ったような絶望のノイズだ。魂をただの消費資源として削り取るこのハッキングの手口は、あの時のトラウマを最悪な形でリフレッシュ(再表示)してきやがる。
コードの進行度『9-9-9-1』。この男の魂もすでに吸い出され、ハッキングの燃料にされた後だ。残る生存者はあと二人。
男の死体を越えて通路の闇をさらに疾走すると、空間が一気に開けた。そこは城の地下とは思えないほど巨大な空洞。その中央には、おびただしい数の黒い回路図から光の線を吸い上げ、ドクドクと脈動している、おぞましい『地脈の祭壇』がレンダリングされていた。




