第十二話:白鷺のハッキング
「……あれはね、城の最深部にある、通常の設定じゃアクセスできない『国内産の古い禁忌(地脈)』を強引に上書きしてこじ開けようとしているノイズさ」
俺のクエリに対し、お菊さんは井戸の縁に腰掛けたまま、ケラケラとした笑いを消して淡々とログを吐き出した。その瞳の奥には、何百年もこのドメインを見守ってきた古参のバグらしい、冷徹な光がレンダリングされている。
「……古い禁忌、ね。やっぱり、ただの心霊スポットの噂じゃ済まんよなー」
俺が昨夜の死体から見つけた、あの『9-9-9-1』と書かれた汚れたメモをお菊さんに提示すると、彼女の顔が一瞬だけ曇った。
「笑えないねぇ、あんた。その数列はね、城の防壁を強制解読するためのハッキングの進行度を示すエラーコードだよ。……このハッキングを成立させるには、地脈の中継機として、生きた人間の生体データ……つまり魂を贄にする必要があるのさ。全部で四人分、ね」
その言葉に、横にいた道満が「四人……ッ」と息を呑んだ。
ホテルの隣室(六一〇号室)で、すでに一人が抜け殻にされていた。ということは、雅さんの親友を含む残りの三人の生存者も、今この瞬間、城のどこかで現在進行形で魂をスクレイピング(抽出)されている最中ということだ。
「コードの進行度が最後の『1』に達した時、城の神域は完全に掠奪されて、残りの三人のログも完全に消去されちまう。……急いだ方がいいよ、若いの。敵は、観光客の観測ログからは隔離された『非公開エリア』の奥に潜んでる」
「――タイムアタックか。……そっちのデバッグは晴明、お前らに任せた。俺は表側から揺さぶりをかけて、敵のアクセスログを引っかき回してみるわ」
それまで黙ってタバコの煙を吐き出していた親父が、不敵に笑って雅さんの肩を抱き寄せた。踵を返し、人混みの方へと悠然と歩き出すその背中に向かって、井戸の上のレジェンド幽霊が幽かに息を漏らす。
「……やれやれ、変わらないねぇ……」
ぽつりと、寂しそうに、だけど愛おしそうに呟かれたお菊さんの声。
俺はそのログを網膜の隅で観測しながら、心底呆れて深いため息をついた。
人間であるキャバ嬢の雅さんをデレデレにさせ、日本三大怪談に数えられる大物の幽霊(お菊さん)にまで何十年もそんな熱い未練(残響)を残させている。おまけに家に帰れば、日本中を敵に回した大妖怪(九尾の狐)が妻として待っている。
……なぁ、あんたならどう思う?
人間にも妖にも、果ては歴史上の幽霊にまで全方位でモテ散らかすクソ親父。あの年齢でまだそんな「全ドメイン対応型」のタラシパッチを維持してんの、マジで意味が分からねーよ。
「……やりたかないねー、ホンマによー。親父のバグったモテ属性に引いてる暇すらねー時間制限イベントかよ……。行くぞ、博雅、道満。これ以上、誰の命もバグの素材にはさせねーんだわ」
俺は「無色の氣」を両足の術式へと流し込み、お菊さんが指差した白鷺城の闇の奥、非公開エリアへと一歩を踏み出した。




