継承の儀
儀式の間は、静かだった。
音が、やけに響く。
無駄な装飾はない。広いだけの空間。
中央に、円形の紋様が刻まれている。
その前に立つ。
足音が、やけに響く。呼吸が、わずかに浅い。
周囲には数人の立会人。誰も口を開かない。
必要なことは、もう決まっているからだ。
「元勇者殿」
呼ばれる。
足を止める。
振り返らない。
「準備を」
短い言葉。
それだけで十分だった。
「……ああ」
それだけ、答える。
前を見る。
円の中心へ進み、その場に立つ。
義手が、わずかに重く感じた。
関係ない。
そう思って、意識から外す。
向かい側に、人影がある。
新たな勇者、リオ。
選ばれた者。
ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
足取りは少しだけ硬い。緊張しているのが分かる。
距離が縮まる。
顔が、はっきり見える。
若い。
思っていたよりも。
目が合う。
一瞬だけ、言葉が必要な気がした。
だが――
沈黙のまま、互いに向き合う。
「……あの」
先に口を開いたのは、リオだった。
わずかに声が揺れている。
「すみません」
「何がだ」
「その……引き継ぐことになるのが、自分で」
言いながら、小さく首を振る。
「いや、違いますね」
一度、息を吐く。
それから、まっすぐこちらを見る。
「正直、怖いです」
はっきりと言う。
「でも」
表情を引き締める。
「やります」
短い言葉。
それだけ。
飾りはない。
それでも、嘘ではない。
「……そうか」
それだけ返す。
他に言うことはない。
いや。
一つだけ、あった。
目の前のリオを見る。
その言葉は、ここで渡しておくべきものだった。
「……一つ、伝えておく」
リオが顔を上げる。
少しだけ驚いたように。
「魔王は、正面からでは削れない」
空気が、わずかに変わる。
立会人たちの視線が集まる。
構わず続ける。
「外殻は魔力で補強されている」
「だが。一瞬だけ、揺らぐ」
一拍置く。
「攻撃の直後だ。そこを狙え」
感情は乗せない。
ただ、事実として。
「……分かりました」
リオは頷く。
迷いはない。
「あと」
もう一言、続ける。
「距離を詰めすぎるな」
「奴は近距離の方が強い」
リオは一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。
「はい」
短く、力のある返事。
「……以上だ」
言い切る。
リオは少し間を置いてから、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
その言葉は、先ほどよりも重かった。
立会人が一歩前に出る。
「では、始める」
淡々とした声。
儀式が始まる。
紋様が淡く光る。
足元から、何かが引き上げられる感覚。
知っている。
自分が継ぐときもそうだった。
だが、今回は違う。
体の奥にあるものが、ゆっくりと剥がれていく。
力。役目。自分を形作っていたもの。
それが、外へと流れていく。
抵抗はしない。
理由は、考えなかった。
目の前のリオに、光が集まる。
吸い込まれていく。
そのまま、すべてが移っていく。
静かに。
何の音もなく。
ただ、確かに。
終わる。
光が消える。
重さが、消えていた。
体が軽い。
不自然なほどに。
何かが抜け落ちている。
それだけは分かる。
「……以上だ」
立会人の声。
それで終わりだった。
あっけないほどに。
リオが、ゆっくりと目を開ける。
少しだけ驚いたような顔。
それから、自分の手を見る。
何かを確かめるように。
そして、小さく息を吐く。
「……はい」
誰に向けたわけでもない返事。
リオがこちらを見る。
一瞬だけ迷うような間。
「……ありがとうございました」
深く頭を下げる。
形式ではない。
「……」
返す言葉は、出てこない。
代わりに、小さく頷く。
それで終わり。
視線を外す。
自分の手を見る。
何もない。
ただの手。
何も持っていない。
何も残っていない。




