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見えていなかったもの

 眠れなかった。

 目を閉じても何も浮かばず、静かなまま時間だけが過ぎていく。


 ――次代勇者。

 その言葉だけが残っている。

 考えようとして、止める。

 どうせ同じところに戻る。


 息がわずかに乱れる。

 胸の奥に、何かが引っかかっている。

 理由は分からない。

 形もない。ただ、消えない。

 ――なぜか。

 そこまで考えて、意識が沈んだ。


 唐突に、浮かぶ。

 森だった。

 湿った土の匂い。木々の影。足音。

 戦いの前の、静けさ。

 特別な記憶ではない。

 ただの任務の一つ。

 それでも、なぜか残っている。

 気配を辿る。

 魔物。数は多くない。

 見慣れている。

 剣を抜く。音は立てない。

 間合いに入る。

 斬る。

 迷いはない。数体、問題にならない。

 すぐに終わる。


 血の匂いだけが残り、森は元の静けさに戻る。

 剣を払い、鞘に収めた。

 倒れている人影に近づく。

 まだ生きている。

 浅い呼吸。意識はない。致命傷ではない。

 手がわずかに動く。

 何かを掴もうとするように、空を掻く。

 一瞬だけ、目が開いた気がした。

 こちらを見ていたかどうかも、分からない。

 応急処置だけして、立ち上がる。

 声をかけたかどうかも、覚えていない。


 名前は聞かない。

 顔も、よく見ていない。

 助けたという事実だけが残る。


 その場を離れる。

 振り返らない。


 それが普通だった。


 ――それで、よかったはずだ。

 息が、わずかに詰まる。


 胸の奥に、同じ引っかかりが残っている。

 あの時は、何も感じていなかったはずなのに。


 目を開ける。

 暗い部屋。静けさ。

 何も変わらない。

 それでも、消えない。

 言葉にならないまま、浮かび上がる。

「……私は、見ていなかったのか」

 呟く。

 それ以上は出てこない。


 目を閉じる。

 今度は、さっきよりも少しだけ深く沈めた気がした。

 理由は、分からないまま。

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