何もないままま
終わったはずだった。
儀式の間を出ても、何かが変わった実感はない。
空気も、光も、何も変わらない。
ただ、自分の中だけが違っていた。
軽い。
不自然なほどに。
何かが抜け落ちている。
分かっている。
何がなくなったのか。
分かっているのに、それを言葉にすることはできなかった。
廊下を歩く。
足音が響く。
以前と同じはずなのに、どこか遠い。
現実感が薄い。
部屋に戻る。
扉を閉める。
静かになる。
ベッドに腰を下ろす。
何をするわけでもなく、ただ座る。
手を見る。
何もない。
握る。
空を掴むだけだ。
力も、役目も、理由も。
全部、どこにもない。
「……」
声も出ない。
何を言えばいいのか分からない。
考えようとして――やめる。
考えても、何も出てこない。
空っぽだ。
それだけは、分かる。
時間が過ぎる。
どれくらい経ったのかも分からない。
ただ、座っているだけの時間。
扉が開く。
音もなく、勝手に。
「……いるか?」
聞き慣れた声。
返事はしない。
する必要もない。
カイルはそのまま入ってきて、部屋を一瞥し、何も言わずに壁に寄りかかる。
「終わったんだってな」
軽く言う。
「……ああ」
それだけ返す。
会話は続かない。
沈黙が落ちる。
重くはない。
ただ、何もないだけの沈黙。
「で」
カイルが口を開く。
「どうよ」
簡単な問い。
答えは、簡単じゃない。
「……何もない」
出てきたのは、それだった。
「空っぽだ」
自分でも驚くくらい自然に出た。
それが一番近かった。
そのときだった。
視界が、わずかに滲む。
何が起きたのか、一瞬分からない。
頬を、何かが伝う。
遅れて気づく。
涙だった。
拭おうとして、手が止まる。
止め方が分からない。
ただ一滴、落ちる。
カイルは一瞬だけ視線を落とし、すぐに戻す。
「だろうな」
否定もしない。慰めもしない。
ただ、受け入れる。
「それでいいんじゃね」
軽く言う。
「……何がだ」
「空っぽで」
肩をすくめる。
「別に、問題ねぇだろ」
理解できない。
そう思う。
思うのに、反論する言葉が出てこない。
「……私は」
言葉を探す。
「何のために、生きればいい」
やっと出た問いだった。
ずっと考えていたこと。
でも、答えが出なかったもの。
カイルは少しだけ黙ってから、口を開く。
「意味があるから生きるんじゃねぇよ」
静かに言う。
「生きてるから、あとから意味がつくんだろ」
強くもなく、優しくもない言葉。
ただそこにあるだけの言葉。
それなのに、まっすぐ落ちてくる。
「……」
何も言えない。
理解したわけじゃない。
納得もしていない。
それでも、否定できない。
「食って、寝て、適当に過ごして」
カイルは続ける。
「それでいいじゃん」
軽い言葉。
あまりにも軽い。
それなのに――どこか遠い。
手の届かないものみたいに。
喉が詰まる。
それでも、言う。
「……それでも」
かすれた声。
「意味が欲しい」
正直な言葉だった。
初めて、誰かに向けて言った気がした。
カイルは少しだけ笑う。
「欲しいなら、探せばいいだろ」
軽く言う。
「暇なんだし」
それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
沈黙が戻る。
でも、さっきとは少し違う。
完全な空白ではない。
何かが、ほんの少しだけ残っている気がした。




