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フードの下の顔

 夕方だった。

 何もしていないのに、一日が終わりかけている。

 窓の外が赤い。それを、ぼんやりと眺めていた。

 時間が早いのか遅いのかも分からない。

 ただ、意味のないまま進んでいく。それだけははっきりしていた。


 扉が叩かれる。

 軽い音。遠慮のない叩き方。

 反応が遅れる。

 来客の予定はない。そもそも、訪ねてくるような人間もいない。

 もう一度、叩かれる。

「いるだろ」

 聞き慣れた声だった。

 体が、わずかに強張る。

 返事はしない。それでも――

 扉が開いた。

「入るぞー……って、やっぱいるじゃん」

 勝手に入ってくる。

 変わらない。あの時と同じ軽さ。

「鍵くらいかけとけよ。物騒だろ」

「……何しに来た」

 ようやく声が出た。低く、少し掠れている。

 カイルは肩をすくめる。

「仕事」

 短く言う。

「義手の調整」

「……やらないと言ったはずだ」

「言ったね」

 あっさり認める。

「でも暇だったから」

 適当な理由。本気なのかどうか分からない。

「それに」

 少しだけ視線を逸らす。

「放っとくと、ほんとに壊れそうだったし」

 聞き取れるかどうかの声。それでも、はっきり届いた。

「……余計なお世話だ」

「だろうな」


 否定しないまま、部屋を見回す。

 何もない部屋。生活の痕跡も、ほとんどない。

「飯、食った?」

 不意に聞かれる。

「……食べた」

「何を」

「……肉を」

「雑だな」

 小さく笑う。

 机の上の義手に目を向け、それを持ち上げる。手慣れた動きだった。

「外してたのか」

「……必要ない」

「まあな」

 あっさり同意する。


 少しだけ手元を見てから、言った。

「でもさ」

 ちらりとこちらを見る。

「使わないと、余計使えなくなるぞ」

 現実的な言葉。

 優しさはない。でも、否定もない。

 義手を差し出される。

 少しだけ迷って、受け取る。

 装着する。接続の感覚が、じわりと広がる。

 動く。やはり問題なく。

「調整、する?」

 軽く聞く。

「……やる」

 短く答える。

 やらなければならないから。理由は、それだけだ。

「りょーかい」

 カイルは頷く。

 だが道具を出そうとはせず、代わりにこちらをじっと見た。


「その前にさ」

 少しだけ笑う。

 いつもの軽い顔。

「出かけようぜ」

「……は?」

「外」

 顎で窓の方を指す。

「せっかく夕方だし」

「調整はどうした」

「あとでいいだろ」

 あっさり言う。

「今やっても、大して変わらんし」

 事実だった。

 否定できない。

「……私は」

 言いかけて、止まる。

 何を言うつもりだったのか、自分でも分からない。


「勇者様は真面目だねぇ」

 軽く笑う。

「そんな顔して部屋に籠もってても、何も変わらんぞ」

「……関係ない」

「あるだろ」

 即答だった。

「少なくとも、気分くらいは変わる」

 根拠のない言葉。

 でも、妙に否定しづらい。


「それに」

 カイルが懐から布を取り出す。

 黒い、簡素なフード。

「これ被れば、バレないだろ」

 投げてよこす。

 反射的に受け取る。

「……何のつもりだ」

「何って」

 カイルは笑う。

「普通に遊ぶだけ」

 軽い。

 あまりにも軽い言葉。

「食って、歩いて、適当に時間潰して。それでいいじゃん」


 そんなことで、何が変わる。

 そう思う。

 思うのに、すぐには言い返せなかった。

 手の中のフードを見る。

 ただの布。

 それだけなのに。

 それを被れば、何かが変わる気がした。


 ――気のせいだ。

 そんなもので変わるはずがない。

「……意味がない」

 絞り出す。

 カイルは、あっさり頷いた。

「だろうな」

 否定しない。

 そのまま続ける。

「でもさ」

 少しだけ、真面目な声になる。

「意味ないこと、やっちゃダメな理由ってある?」


 言葉に詰まる。

 ない。

 そんなものは、ない。

 でも。

 やったことがない。

 意味のないことなんて。

 今まで、一度も。


「……私は」

 また、言葉が途切れる。

 選べない。

 何を選べばいいのか、分からない。


 カイルはため息をついた。

「めんどくせぇな」

 そう言って近づき、フードをひったくる。

 そのまま、頭に被せた。

「――なっ」

「ほら」

 軽く整える。

「誰だか分かんねぇ」

 視界が少し暗くなる。

 布越しの世界。狭い。

 でも――

 どこか、落ち着く。


「行くぞ」

 カイルが背を向け、そのまま歩き出す。

「待て」

 思わず声が出る。


 足は、まだ動かない。

 でも。

 止める理由も、見つからなかった。

 少しだけ迷って。

 それから――

 一歩、踏み出す。

 久しぶりに、自分で選んだ一歩だった。

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