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少しだけ、楽な世界

 人通りの多い通りに出る。

 夕方。光はやわらかい。

 フードの下で、視界が少し暗い。人の顔がぼやける。

 それだけで――見られている、という感覚が薄くなった。

 完全に消えたわけではない。

 それでも、前ほどではない。

 それだけで、息が詰まらなかった。


「ほら、こっち」

 カイルが手を振る。

 屋台が並ぶ通りの中で、迷いなく一つの前に立つ。

「何食う?」

「……分からない」

 カイルは小さく笑った。

「だろうな」


 少し歩きながら、いくつかの屋台を見て回る。

 焼いた匂い。油の匂い。人の声。

 すべてが混ざっている。

 それでも、前ほど押し潰される感じはない。

 フードの中で音が少し遠い。

 それだけで、耐えられる。


 カイルがふと足を止めた。

「これにするか」

 指差した先に、白い塊があった。

 棒に巻きついた、雲のようなもの。

「……それは何だ」

「綿菓子」

「食ったことない?」

「ない」

 即答だった。

 カイルは少しだけ笑う。

「やっぱり」

 金を払い、それを受け取ると、そのままこちらに差し出してきた。

「ほら」

 受け取る。

 軽い。驚くほど軽い。

 指で触れると、ふわりと沈み、形が崩れた。

「……壊れた」

「そういうもんだ」

「食い物だから」

 少しだけためらってから、指先についたそれを口に入れる。

 ――甘い。

 動きが止まる。

 もう一度、口に運ぶ。

 今度は少し大きく取る。

 舌に触れた瞬間、溶けた。

 何も残らない。

 それでも、もう一口食べた。


「歩くぞ」

 カイルが言う。

 並んで通りを進む。

 人の間を抜ける。肩がぶつかりそうになる。

 一瞬、身構える。

 でも。

 フードの中は静かだった。

 呼吸が乱れない。

 それだけで、足が止まらなかった。


「こういうの、初めて?」

 不意に聞かれる。

「……あまり、来たことはない」

「だろうな」

 軽い調子で返す。

「勇者様、忙しそうだし」

「……必要がなかった」

「へぇ」

 興味なさそうな相槌。

「じゃあ今は?」

 答えに詰まる。

 必要かどうか、分からない。

 でも――

 ここにいる。

 それは事実だった。

「……分からない」

「いいんじゃね」

 即答だった。

「分かんなくても」

 歩きながら言う。

「別に正解探しに来たわけじゃないし」

 気の抜けた声。

 それなのに、少しだけ力が抜ける。


 視線を上げる。

 通りの先で、子どもが走っていた。笑っている。

 ただ、それだけの光景。

 少しだけ、目が止まる。

 そういう時間を、持ったことがなかった。

「……」

「どうした」

「……いや」

 首を振る。

 言葉にできるほどのものじゃない。

 ただ、見ていただけだ。


 歩く。

 少しずつ。止まらずに。

「なあ」

 カイルがふと口を開く。

 ほんの少しだけ、声の調子が変わる。

「……前にさ」

「会ったことあるだろ」

 足が、わずかに止まりそうになる。

 わずかな間。

「……森で」

 一瞬だけ、こちらを見る。

「……覚えていない」

 間を置いて答える。

 迷いはない。

 カイルはそれ以上何も言わず、視線を前に戻した。

「だろうな」

 軽く言う。

 それで終わる。

 会話は途切れた。


 それでも、わずかな違和感だけが残る。

 森。

 その言葉だけが、妙に引っかかる。

 思い出そうとして――やめる。


 今は、考えなくていい気がした。


「ほら、次あっち」

 カイルが指差す。

 また別の屋台。人の流れ。

 それでも、さっきより怖くない。

 完全に消えたわけではない。

 それでも、少しだけ違う。


 フードの中で、息をする。

 ちゃんと吸える。ちゃんと吐ける。

 それだけで、十分だった。

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