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付き合ってられねぇ

 義手の調整は、三日続いた。

 結果は変わらない。動く。握れる。振れる。

 ――それだけだ。

 斬れない。届かない。足りない。

 理解している。それでも、止められなかった。


「もう一回」

 言うより先に体が動いていた。

 木剣を構える。踏み込む。振る。

 軌道がぶれる。

 分かっているのに、止まらない。

「ストップ」

 カイルの声。

 無視する。

 もう一度振る。今度は強く、速く。

 ――空を切る。

「ストップって言ってんだろ」

 声が近づく。

 腕を掴まれる。義手ではない、左腕を。

 強く引かれ、動きが止まった。

「離せ」

「やめろ」

 ほぼ同時だった。

 視線がぶつかる。近い。思ったより近い。

「やめろって言ってる」

 カイルの声は低かった。いつもの軽さがない。

「まだ調整は終わってない」

「終わってる」

 即答だった。

「少なくとも、“戦える腕”じゃない」

 空気が冷える。

「……もう一度言ってみろ」

 自分でも分かる。声が低い。押し殺している。

 胸の奥で、何かが軋む。

 カイルは目を逸らさない。

「何回でも言う。その腕じゃ、戦えない」

 はっきりと。逃げずに、言い切る。

 頭の奥で、何かが弾けた。


「――ふざけるな!」

 左手で胸ぐらを掴む。強く、逃がさないように。

 指に力が入りすぎて、布が歪む。

「私は勇者だ! 戦うのは私の役目だ! ここで止まるわけにはいかない!」

 言葉が溢れる。止まらない。止められない。

 カイルは抵抗しない。ただ、まっすぐこちらを見ていた。

「……分かってるよ」

 静かな声。

「全部、正しい」

 一瞬だけ、力が抜ける。

 だが。

「でもな」

 カイルが義手を指す。

「正しいからって、できるわけじゃねぇんだよ」

 息が止まる。

「お前の言ってることは全部正しい。でも、その腕じゃ、守れない」

 わずかに言葉を切る。

「……分かってるだろ」

「……黙れ」

 アーシェは絞り出す。

「黙って聞いてろ」

 遮られる。

「お前さ」

 少しだけ眉を寄せる。

「誰かを守りたいんじゃなくて、守ってない自分が嫌いなだけだろ」

 完全に、刺さった。

 体が固まる。

 否定したい。でも、できない。

「戦ってる間は楽だもんな」

 淡々と続く。

「自分のこと考えなくていい。“役目”って言葉で全部押し込められる」

「でも今は違う」

 視線が義手に落ちる。

「戦えない。だから――」

 ゆっくりと、こちらを見る。

「お前、自分が何もないって気づきそうになってる」

 呼吸が乱れる。

 浅い。うまく吸えない。

 苦しい。戦っている時より、ずっと。

「……違う」

 かすれた声。

「違わない」

 即座に否定される。

「じゃあ聞くけど」

 カイルが言う。

「勇者じゃなくなったお前は、何なんだ?」

 答えられない。

 何も浮かばない。空白。真っ白。

「ほらな」

 小さく息を吐く。

「何もねぇだろ。だから、しがみついてんだよ」


 胸ぐらを掴んでいた手から、力が抜ける。

 離す。後ろに一歩下がる。

 足元がわずかに揺れる。

 立っていられない。膝が笑う。

「……私は」

 言葉が出ない。何を言えばいいのか分からない。

 ただ一つ分かるのは、このままではいけないということ。

 それなのに、どうすればいいのかが分からない。


「……もういい」

 カイルが言った。

 いつもの軽い声に戻っている。それが逆に遠い。

「これ以上やっても同じだ」

 踵を返し、出口へ向かう。

「待て」

 思わず声が出る。

 カイルは止まらない。

「待て!」

 強く言う。

 ようやく足が止まる。

 振り返らないまま、短く返す。

「何」

「調整はどうする」

 沈黙。

 ほんの一瞬なのに、やけに長い。

「……やらねぇ」

 あっさりとした答え。

「は?」

「付き合ってられねぇよ」

 振り返る。

 表情は見えない。それでも分かる。本気だ。

「お前さ」

 少しだけこちらを見る。

「壊れるまでやるタイプだろ」

 言い当てられる。

「それに付き合うほど、暇じゃねぇんだわ」

 短く吐き捨てる。

「他当たれよ」

 それだけ言って、今度こそ歩き出す。

 止められない。

 言葉が、出てこない。

 足音だけが遠ざかり、やがて消えた。


 静かになる。

 やけに、静かだ。

 木剣が足元に転がっている。

 拾おうとして――手が止まる。

 動かない。

 義手が言うことを聞かない。

 違う。動かせる。

 でも。

 拾う意味が、分からない。

「……私は」

 呟く。

 答えは出ない。

 誰もいない。何も返ってこない。


 義手の指が、ゆっくりと開いて、閉じる。

 もう一度、開く。

 閉じる。

 止まらない。

 何も掴めないまま、繰り返している。

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