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動く腕と、動かないもの

 義手は、思っていたよりも重かった。

 ただぶら下がっているだけで、肩が引かれる。

 神経接続は成功している。

 指も動くし、握れるし、開ける。

 形としては問題ない。

 ――それだけだ。

「はい、もう一回」

 軽い声が飛ぶ。

 カイルはベンチに腰掛けたまま、こちらを見ている。

 やる気があるのかないのか分からない態度だ。

 木剣を持つ。

 握る。構える。そして振る。

 鈍い。遅い。ぶれる。

 振り終わったあと、義手の指がわずかに遅れて閉じた。

 ズレている。

 ほんのわずかだが、そのわずかが致命的だった。


「はいストップ」

 カイルが手を上げる。

「今の、0.5秒くらい遅れてる」

「……そんなもの、誤差だ」

「戦場なら死ぬレベルの誤差だよ」

 即答だった。

 言い返せない。分かっている。そんなことは、嫌というほど。

「調整を――」

「するよ。でも」

 言葉を切り、少しだけ真面目な顔になる。

「それで“元通り”にはならない」

 静かな断定だった。逃げ場がない。

「……ならなかった例、いくらでも見てる」

 付け足すように、低く言う。

「神経接続は再現であって、復元じゃない。反応速度も、出力も、精度も、全部落ちる」

 一拍置く。

「人間の腕って、思ってるより高性能なんだよ」

 淡々とした説明は、感情が乗っていない分だけ重かった。

「……それでも」

 アーシェは言葉を探す。

「戦えるレベルにはなるはずだ」

「なるかもね」

 軽い返事。

 だが続く言葉は軽くない。

「でも“勇者のレベル”にはならない」


 空気が止まる。

 その一言だけが、異様に重かった。

「……どういう意味だ」

 声が低くなる。

 カイルは肩をすくめる。

「そのまんま。お前が今までやってきたこと、再現できないって話」

 アーシェの視線が義手に落ちる。

 金属の指は静かに開閉を繰り返している。

 命令には従う。だが、それだけだ。

「……もう一度やる」

 木剣を構える。

 今度は、より意識して動く。

 振りかぶり、踏み込み、斬る。

 空を切る。

 手応えがない。

 違う。“あの感覚”がない。

 当たると分かる瞬間。斬れると分かる軌道。確信のようなものが、すべて消えている。

 ただ、剣を振っているだけだ。

「……っ」

 思わず歯を食いしばる。

 違う。こんなはずじゃない。こんな――


 木剣が、手から滑り落ちた。

 今度は、拾うのが遅れる。指がうまく閉じない。ほんのわずかなズレ。それだけで拾えない。

 地面に転がる木剣が、やけに遠い。

「ほらな」

 カイルの声が落ちる。

「“動く”けど、“使える”とは限らない」

 アーシェはしゃがみ込み、左手で木剣を拾う。

 義手は膝の上に乗っているだけだ。

 重い。役に立たない重さ。

「……調整を続ければ」

 自分でも分かっている。同じことを繰り返しているだけだと。

「続ければ、どうなる?」

 カイルが聞く。

 答えられない。分かっているからだ。

「……慣れる」

 やっと出た言葉は、それだけだった。

「慣れたら、できるようになる」

 言いながら、自分でも薄いと分かる。

 カイルは少しだけ笑った。困ったような笑い方だった。

「なるかもしれないな」

 あっさり肯定してから、続ける。

「でもさ。それ、“いつ”だ?」

 言葉が止まる。

「一週間? 一ヶ月? 一年? その間、誰が戦う?」

 何も言えないまま、時間だけが過ぎる。


「……新しい勇者、立てるらしいぜ」

 不意にカイルが言った。

 顔を上げる。

「……何だと」

「上の連中、さすがに焦ってる。魔王まだ生きてるしな」

 軽い口調だが、内容は重い。

「お前、戻れないかもって分かってきたから。代わり、用意するってさ」

 胸の奥が、ひどく静かになる。

 怒りでも悲しみでもない。ただ、何かが抜け落ちる感覚。

「……私は」

 言葉が出ない。何を言えばいいのか分からない。

 勇者は自分だ。そのために生きてきた。

 なのに。


「別にいいじゃん」

 カイルがあっさり言う。

「勇者じゃなくなったって、死ぬわけじゃないし」

 視界が揺れる。

「……それは」

 声にならない。

「私が、勇者でなくなったら」

 その先が続かない。

 カイルは少し首を傾げる。

「何?」

 簡単なことみたいに聞く。

 だが答えられない。


 ――勇者でなくなったら、自分は何になる?

 何も浮かばない。何もない。ただ空白だけがある。

「……っ」

 息が詰まる。

 戦っている時より、ずっと苦しい。


「ほら」

 カイルが立ち上がり、近づいてくる。

「そういう顔するだろ」

 目の前で少し屈み、視線を合わせる。

「だから言ってんだよ」

 低く、少しだけ真面目な声。

「お前、勇者やめたら、自分が空っぽになるのが怖いだけだろ」

 完全に言い当てられていた。

 否定できない。したいのに、できない。

 言葉が出ない。


「……で」

 カイルが小さく息を吐く。

 一瞬だけ視線を外す。

「一回やめとけ」

 言葉はそれだけだった。

 それ以上は、何も続かない。


 義手の指が、ぎこちなく動く。

 開いて、閉じる。

 ほんのわずかに遅れて、また開く。

 揃わない。

 それだけだった。

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