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戦えない勇者

 剣が、地面に落ちた。

 乾いた音がやけに大きく響く。

 視界が揺れ、踏み込みが甘かったと一瞬思う。

 だが、違う。

 ――握れていない。

 右腕は、もうない。

 代わりにあるのは、鈍く光る義手だけだ。

 もう一度、柄を握る。

 指は閉じる。形だけは問題ない。

 だが、力が乗らない。

 振る。

 遅く、軽く、軌道はぶれる。

 剣先は空を切り、そのまま体勢を崩した。

 足がもつれ、地面に膝をつく。

 息が荒い。肺が焼けるように痛む。

 違う。こんなはずじゃない。

 こんな、はずじゃ――


「だから言ったろ」

 背後から、呆れた声が落ちてきた。

「無理だよ、それ」

 振り返ると、木陰にもたれて腕を組む男がいる。

 気の抜けた顔。場違いなほど軽い目。

 装具技師――カイルだ。

「調整は終わっているはずだ」

 元勇者アーシェは、息を整えながら言う。

「問題はないと、お前が言った」

「言ったね。“動く”って意味では」

 カイルは肩をすくめた。

「元通りに戦えるなんて、一言も言ってない」

 その言葉が、静かに刺さる。

 分かっている。そんなことは。

 分かっているはずなのに。

 剣を拾い、義手で握り直す。

 今度は、意識して力を込めた。

「……私は、戦わなければならない」

 思ったよりも低い声が出た。

 カイルは、わずかに目を細める。

「“なきゃいけない”、ねぇ」

 軽く鼻で笑った。

「便利な言葉だよな、それ。理由、考えなくていいもん」

「理由ならある」

 即答だった。

「民が待っている。魔王はまだ生きている。私は――勇者だ」

 言い切る。それは事実だ。揺るがないはずのもの。

 だが。

 カイルはあっさりと首を傾げた。

「それ、ほんとか?」

 問い返そうとした瞬間、カイルは一歩踏み出す。

「お前さ、戦わなきゃいけないんじゃなくて」

 軽い足取りなのに、不思議と逃げ場がない。

「戦わないと、自分が嫌いになるだけだろ」

 言葉が詰まる。

 違う、と言いたい。だが、何が違うのか分からない。

「……黙るってことは、当たりか」

 ため息が落ちる。

「なあ、勇者様」

 気づけば目の前にいた。

 笑っているのに、その目は笑っていない。

「それでその腕で、何人守れる?」

 視線が、義手に落ちる。

 金属の指が、わずかに震えていた。握っているはずの剣が、ひどく重い。

「……問題ない」

 絞り出す。

「慣れれば、戦える」

「慣れれば、ね」

 あっさり返される。

「じゃあその間に、何人死ぬ?」

 何も言えない。

「別に責めてるわけじゃねぇよ」

 カイルは肩をすくめた。

「ただ、現実の話してるだけ」

 現実。

 その言葉が、やけに遠い。

 今まで考える必要なんてなかった。

 剣を振れば守れた。戦えば意味があった。

 けれど今は――


 剣が、また落ちた。

 今度は拾わなかった。

 拾えなかった。指が、言うことを聞かない。

「ほら」

 カイルが顎で指す。

「それが現実」

 静寂が落ちる。

「……私は」

 言葉が途切れる。

 喉が詰まる。息が浅い。

 何を言おうとしたのか、自分でも分からない。

 ただ一つ分かるのは、このままでは何も守れないということ。

 それでも。

 指先が震える。視線が揺れる。

「私は、勇者だ」


 カイルはわずかに目を伏せて――

「めんどくせぇな、お前」

 吐き捨てるように言った。

 そして、足元の剣を拾い、そのまま差し出した。

「ほら」

 短く言う。

 受け取るまで、引っ込めない。

「握れてねぇまま振るな」

 気づけば、手を伸ばしていた。

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