それでも、進む
朝、目が覚める。
いつも通りの部屋。
何も変わらない。
起き上がる。
体は軽い。
あの重さは、もうない。
代わりにあるのは、空白だけだ。
机の上の義手を見る。
少しだけ視線を止める。
それから、手に取る。
装着する。
接続の感覚が広がる。
動く。
問題なく。
これはもう、戦うためのものではない。
その必要はない。
「……」
何のために使うのか。
考える。
すぐには出ない。
でも、それでいい気がした。
立ち上がる。
部屋を出る。
廊下は静かだった。
足音だけが響く。
外に出る。
朝の空気が、少し冷たい。
息を吸う。
ちゃんと入る。
吐く。
ちゃんと出る。
通りに出る。
人がいる。声がある。
いつもと同じ光景。
それでも、見え方が違う。
立ち止まらない。
気づけば、足は止まっていなかった。
理由は分からない。
それでも、進んでいる。
それでいい。
「よう」
声がかかる。
振り返る。
カイルがいる。
いつもの顔。
変わらない。
「……お前か」
「他に誰がいるんだよ」
軽く言う。
少しだけ間があく。
沈黙。
でも、気まずくはない。
「どこ行くんだ」
「……分からない」
正直に答える。
カイルは少しだけ笑う。
「いいじゃん」
それだけ。
「適当に歩いてりゃ、どっかには着くだろ」
軽い言葉。
それでも、どこか納得できた。
「……そうか」
小さく頷く。
並んで歩き出す。
自然に、同じ方向へ。
しばらく進む。
通りは賑わっている。
人の声。笑い声。
変わらない日常。
その中にいる。
ただ、それだけ。
「腹減った」
カイルが言う。
「何か食うか」
「……ああ」
屋台の前で足を止める。
並んだ料理を見る。
少し考える。
前なら、迷うことはなかった。
今は違う。
「……これにする」
指差したのは、蜜を絡めた焼き菓子だった。
甘い匂いがする。
カイルが一瞬だけ目を細める。
「へぇ。意外だな」
「そうか」
「もっと無難なの選ぶかと思ってた」
軽く言う。
少しだけ考える。
それから。
「……つまらないだろ、それは」
小さく返す。
カイルが一瞬だけ黙って、それから笑う。
「言うようになったじゃん」
受け取る。
温かい。
一口食べる。
甘い。
ちゃんと分かる。
また歩く。
人の中を。
視線はある。
それでも、止まらない。
フードもない。
それでも、大丈夫だった。
「なあ」
カイルが言う。
「これからどうすんの」
問い。
前と同じ。
でも、違う。
「……分からない」
答える。
それでも、続ける。
「探す」
自然に出た言葉だった。
カイルは小さく笑う。
「いいじゃん」
風が吹く。
空を見上げる。
何もない。
広いだけの空。
それでも、目を逸らさない。
意味は、まだない。
理由も、ない。
でも。
生きている。
それだけは、確かだった。
「……なあ」
「なんだ」
「暇ならさ」
ほんの一瞬だけ、言葉が止まる。
「俺のとこ来るか?」
義手の方を見る。
「調整、最後まで面倒見るよ」
軽い調子。
それでも、どこかだけ違う。
「……そうだな」
少しだけ考える。
ほんのわずかに間を置いて、
「行く」
カイルは満足そうに笑う。
「決まりな」
軽く言う。
それで終わり。
特別なことはない。
何も完成していない。
それでも。
歩く。
並んで。
止まらずに。
意味は、あとからついてくる。
多分。
――それでいい。




