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後日談 隣にいる理由

 工房の中は、静かだった。

 窓から差し込む光が、机の上に落ちている。

 工具の音だけが、小さく響く。


「はい、そこで止めて」

 カイルの声。

 言われた通り、指の動きを止める。

 義手の関節が、わずかに軋む。

「……もう少し滑らかにしたいな」

 ぶつぶつと呟きながら、調整を続ける。

 真剣な顔。

 珍しい。

「……集中しているな」

「仕事中だからな」

 即答だった。

「いつもはしてないみたいに言うなよ」

「していないだろ」

「ひでぇな」

 軽口を叩きながらも、手は止まらない。

 しばらくして、

「よし」

 満足そうに頷く。

「動かしてみ」

 ゆっくりと指を動かす。

 前よりも、自然に動く。

「……いい」

「だろ?」

 少しだけ得意そうに笑う。

 その顔を一瞬だけ見て、すぐに視線を戻す。


「……なあ」

「なんだ」

「お前、いつまでここに来るつもりだ」

 唐突な問い。

 少しだけ考える。

「……調整が終わるまでだ」

「終わったら?」

 間を置かずに返される。

 言葉が止まる。

 考える。

 すぐには出ない。

 でも、何も浮かばないわけではなかった。

「……分からない」

 正直に言う。

 前と同じ言葉。

 それでも、意味は違う。

 カイルは少しだけ黙って、それから軽く笑う。

「じゃあさ」

 工具を置いて、こちらを見る。

「終わっても来ればいいじゃん」

 簡単に言う。

「別に理由いらねぇだろ」

 その言葉に、少しだけ目を伏せる。

 理由。

 前は、それがすべてだった。

 今は――少しだけ違う。

「……いいのか」

 少し間を置いて問う。

「何が?」

「仕事でもないのに」

 言いながら、わずかに視線を逸らす。

 理由がないままここにいることに、まだ慣れていない。

 カイルは一瞬だけきょとんとして、それから肩をすくめる。

「今更だろ」

 軽く言う。

「お前、もう普通に入り浸ってるし」

「……そうか」

「そうだよ」

 あっさりと返す。

 少しだけ、間があく。

 静かな時間。

 嫌ではない。

 

「……なあ」

 自分から声をかける。

 カイルが少しだけ驚いた顔をする。

「どうした」

「来てもいい、というのは」

 言葉を選ぶ。

「……お前が、そうしてほしいからか」

 わずかに空気が変わる。

 カイルは一瞬だけ黙り、それからふっと笑う。

「さあな」

 いつもの調子。

 それでも、ほんの少しだけ遅れている。

「どう思う?」

 問い返される。

 逃げ道。

 でも、今回は逃げない。

「……そうだと、思う」

 静かに言う。

 カイルは少しだけ目を細め、それから視線を逸らした。

「まあ」

 軽く言う。

「来てくれた方が楽しいしな」

 それだけ。

 それだけなのに、

 少しだけ、胸の奥が温かくなる。

「……そうか」

 小さく返す。

 それ以上は言わない。

 言う必要もない。


「ほら」

 カイルが立ち上がる。

「昼行くぞ」

「……ああ」

 自然に立ち上がる。

 並んで歩く。

 前と同じ。

 それでも、少しだけ違う。

 理由は、まだ言葉にならない。


 それでも、ここにいる。

 隣にいる。

 それだけで、足りている気がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


次回作は、恋愛と料理、価値観をテーマにした物語を予定しています。


明日の夜頃より更新予定です。

よければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

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