マッドサイエンティストの考えること
「や、でも僕は、今智慧卿を……」
「ん? もしかしてサトウに勧誘でも受けてたか?」
「はい、それで対立したので、その……殺害しました」
「ぶははははは!!! それでか!! こんな坊主に負けたか!! そりゃあ礼の1つでも言いたくなるだろうぜ。あいつは何時も面白いものを探しているからな」
「あの……怒らないんですか?」
「怒るかよ、奴は頭おかしいから自分の『くろーん』とかいう分身だかホムンクルスだかみたいなもんを学会で量産してやがるからな。お前の会ったサトウはガキだっただろ? 本体はもはや人ですらない。なんか、水の中に浮かんでいる脳みそを内部に収納した歯車の塊だ。そうだな、プロトに近いか」
「ちょっと理解が追いつかないんですけど、智慧卿は生きてるんですか?」
「まあな、あれを生きているというかは別だが。少なくとも今は安心して良い、お前から受け取った刺激から新しい研究に着手するらしい」
「そう、で、すか」
殺したはずの相手は生きていると言われ、なおかつ殺した相手に感謝され。トップシークレットであるはずの智慧卿の正体までバラされてしまった。情報過多かつ混乱も合わさってルームの頭はしっちゃかめっちゃかになってしまっている。
「それでだ。なんか贈り物が届くらしいぞ、あと、3,2,1」
バチバチという音とともにルームのすぐ後ろに何かが出現する。それは、四角い箱のように見えるが理外の存在である智慧卿からの贈り物である。これがただの箱であるはずもない。ガチャガチャという音がしたと思ったらその場で変形して自ら開いた。そこには虎の模様が書かれた箱に『御礼』という謎の文字が書かれた帯が巻かれている。箱自体には『羊羹』というこれまた謎の文字も印刷されていた。
「え、これは、なんですか」
「これは、ヨーカンだな。アズキとかいう豆を固めた菓子だ」
「なんで虎のマークが……?」
「さあ、それは分からん。とりあえず迷惑をかけた分とこれからもよろしくってことらしい」
「お菓子でチャラにしようってことですか」
「もし学会に来たらこんな風な普通は食えないものも食べられると言いたいんだろ」
「脅迫じゃなくて懐柔策にシフトしたってことですか」
「そうとも言えるな」
「中に筒があるだろ、その中にはセンチャっていう飲み物の粉が入ってる。その粉にお湯を入れてヨーカンと一緒に飲むと美味い」
「詳しいですね?」
「はは、学会に居るときに良く食わされたもんだ、奴が言うには生の味覚を持っていないと正確な味の調整ができないからと言われてな」
「そ、そうですか」
「とりあえず一段落したんだろ? センチャを淹れてヨーカンを切ってくるから待ってろ。【古代語り】の連中とお前の仲間も呼んどけ。奴が贈ってきたヨーカンがかなりあるからな」
「は、はい」
何となく気が抜けてしまったルームは言われたとおり人を集めることにした。とりあえず考えないで動く時間が必要だったのだ。
「モス、少し手伝え」
「分かったよお兄、その代わりもっちゃんの取り分多くしてね!!」
「はいはい、気持ち厚めにしてやるよ」
「わーい!!」
少しして、突発的なヨーカンパーティが開催されることになった。
「それじゃあ、ルームの【古代語り】加入と公演終了、それと智慧卿撃退を祝いまして。乾杯!!」
「あ、ちょっと待て」
公演が終わったことでテンションが高いスカーナの音頭でそれぞれがセンチャで乾杯をする、そしてそのまま勢いよくぐいっとひと飲みした。ベヒーモスが途中で気づいて止めようとしたが、時既に遅し。
「あっつ!?」
「だから待てと……」
智慧卿直伝の美味しいお茶の入れ方を実践しているベヒーモスの淹れたお茶は100℃近い、身体の耐久的には100℃程度では全くもってびくともしない面々ではあるが、食事という気の抜けた場面で不意打ちの100℃はなかなかに効いたようで皆驚いた顔をしていた。
「ふ、ふふ、あはははははははははは!!」
あまりにも不意打ちで、あまりにも皆が同じ反応をしたものだから、ルームはおかしくなって思わず笑ってしまった。他の面々も同じようにくすりと笑っている中でもっちゃんだけはベヒーモスを睨み付けていた。
「お兄熱い!!」
「まさかセンチャで乾杯するなんて思いもしなかったんだよ」
「お兄も飲めぇ!!」
「がばぼばぼ!!?」
もっちゃんによって口に熱々のセンチャをぶち込まれるベヒーモス、熱というよりも呼吸ができていない方で死にかけている。
「殺す気か!!?」
「お兄は今更死なないでしょ~?」
「こ、の」
モス兄妹の喧嘩はさておいて、茶をしばいた後は厚みを変えて切られたヨーカンを食べる番である。どこで学んだのか包丁で模様を刻んであった。切ったのはベヒーモスであるから、まさかの料理技術を持っていることになる。
「凄く甘い、でもなんかこの甘さは確かにセンチャと合うような気がする」
「ああ、これは豆餡でありんすな。このように固めたものは初めてでありんすが、いやはや懐かしい味がするような気がしんす」
ヨツヤは食事をすることができないが、味を擬似的に感じることはできる。その方法とはずばり、ルームに憑依するということである。取り憑かれている形になるので、ルームには少しばかりの体調不良が襲いかかるがもう慣れたものであった。
「ヨツヤはどこの出身なんだっけ」
「ほほ、女に生まれを尋ねるのは婚約の挨拶をするときぐらいにしなんし。と、生きてる間には言ったものでありんす。とはいえ今は死んでいるので関係ないことでしょうや、生まれは島国で名をナカツクニと」
「聞いたことないなぁ……」
「そりゃあそうでありんす、ずっと昔から鎖国のし通し。許可無く近づけばすぐさま攻撃をされて海の藻屑となりましょう」
「そっかぁ、ヨツヤの故郷も見てみたかったんだけどな」
「ははは、お上手で。それだけ言えれば女の1人も持ち帰れましょうや」
「んー、別に要らないよ。僕にはもう十分すぎるからね」
「それなら手を出してくれれば良いのに、いけずが過ぎるとしっぺがえしがあると思いなんし」
「うぐ……それは、その」
「いいえ、旦那さんはそれで良いでありんす。そうやってまごついている間に周りを埋めきってしまうだけでありんすから」
そう言ってヨツヤは姿を消した、最後の言葉の意味を理解できずにルームは首をかしげる。
「そなた……これは余に甘すぎる。人の身体ならば良いかもしれぬが、草木たる余にはこの甘みは不要だ、ゆえにこれはそなたに進呈する」
歯形のついたヨーカンを差し出すロサ・ロサ、期せずしてあーんをするシチュエーションになっているがそれにロサ・ロサは気づいていない。
「そう? じゃあもらうね。あーん」
口を開けて待つルームを見て初めて気づく。あ、余知ってる。これってあれだ、恋人がいちゃついてやる奴だ、気まぐれに聞いたことがあるやつだ、と。
「あ、あ~ん」
「あむっ、甘くて美味しい!」
食べさせるシチュエーションだけでも卒倒ものであるのに、食べた後に屈託のない笑顔までついてきた。それでもうロサ・ロサのキャパは無くなった。
「で、ではな!!」
「え、もう行くの?」
「きゅ、急用を思い出したのだ!!」
そう言ってそそくさと地中に消えるロサ・ロサ。緩みきった顔を見られることに耐えられなかったのだろう。
「急用って……」
「こんなに甘い物ってあるんだねー、ルーはこれくらい甘い方が好き? 蜂蜜もこれくらい甘い方が良い?」
「いや、ここまで甘いのは流石に」
「そう? なら良いけど」
と言いながらルームの隣でしなだれかかるスィン、どこから吸収するのかその仕草は自然であり、ルームがその違和感に気づくのに3秒ほどかかった。
「いちゃいちゃしてるねー? ヒューも混ざろうかなー?」
「ダメです、今のルーは私の!!」
「ふぅ~ん、まあいいや。寝てるルームきゅんはヒューのだもん」
「ぐぬぬ……」
「ふふん」
マウントの取り合いにルームの胃の寿命が減っていく。そこに現われたのは救世主、いや、さらなる混沌だった。
「ぶへぇあ~、飲んでますかぁ?」
「スカーナさん、なんでそんなにベロベロになんですか」
「うえっへっへっへ、秘蔵のお酒を~出してきたんです~」
「凄いお酒の匂い……それくらいにした方が」
「うるへぇ~!! わたぁしのさけぇが飲めねえかぁ!!」
完全なる絡み酒、龍と言えば酒に強いものだが【骸龍】になるにあたって肝臓を落っことしてきたのかスカーナは非常に酔ってしまっていた。
「はいはい、私様が相手するから。新入りに絡まないこと、そんなんじゃあ愛想尽かされるわよ」
「ええ!? いやぁ、きらわないで!! るーむぅは期待の星なのぉ!! たいぼおの新人なんだからぁ!!」
「でしょう? あっち行きましょうね」
「あっち行くぅ、嫌われたくないもん」
意外や意外、酔ったスカーナの解放はプロトがするのである。素面の時とは全く役割が逆である。
「ふんふふ~ん、ええ気持ちだなやぁ」
ふよふよと浮くダイダラはすっかりピンク色になってしまっている。恐らくスカーナに飲まされたのであろう。何かにぶつかる度に一瞬だけ同化してすぐに出るということを繰り返している。
「これどうやったら収拾着くの……?」
酔いが覚めたスカーナが戻ってくるまで混沌は続いたのだった。




