専属契約
智慧卿の脅迫の後も変わらずに公演は続き、あっという間に千秋楽と相成った。最後の公演も拍手のうちに終わりを告げる、つまりはタイムリミットの到来をも意味する。
「さあ、答えを聞かせてもらおう。答えは分かっているが」
智慧卿サトウが現われる。初めて来た時と変わらないスタイルで立っていた。
「僕は学会の実験体になる気はありません、ですからお誘いは断らせていただきます」
「ほう」
少しだけ智慧卿が目を細めた、それが不快を意味する表情であることは言うまでもない。
「私の誘いを断る、ということの意味をきちんと考えた上での決断。と考えて良いかい?」
「はい。よく考えて出した結論です」
「そうか、貴重なサンプルを無理矢理持ち帰るのは良くないのだが。仕方ない、安心して良い。致命傷を負っても治せる」
智慧卿が戦闘を行う体勢に入ったことを背後に出現した表のようなものが告げていた。記号と番号でもって何かを分類しているように思えるものだ。
「これは【周期表】と言うスキルだ。少年の心を折るために説明させてもらうが、今から私はこれを使って君に苦痛を与えようと思う。最初は酸で表面を溶かそう」
表のいくつかの記号が輝く、すると智慧卿の手元にあるフラスコに液体が充填された。薄く輝くその液体はとても自然界に存在するものではない。
「死にはしない、死ぬほど痛いと思うが」
無造作に投げられたフラスコが落ち、その効果を発揮する。爆発を伴って霧が瞬く間にルームを包んだ。霧は周囲の全てを蝕んでいく、生物・無生物の区別なく溶かしていった。これに包まれたなら、常人なら即死、再生能力を持っていても蝕まれる速さに追いつけずにジリ貧になるだろう。
「叫び声の1つもあげないか、意思の力が強いのは良いことだが。あんまり我慢すると死んでしまう、意識を奪う方が先か」
次のフラスコを投げようとした時、ルームを包む霧が払われた。重傷を負ったはずのルームは無傷であり、申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません智慧卿。僕は禁じ手を使いました、だから逃げてください。そして僕に関わるのは止めてください」
「禁じ手か。【寄生】を保持する君が言うのだから相当なものなのだろうね。察するに【古代語り】を味方にしたというブラフだと思うが、残念ながら【古代語り】は人類種そのものは好きでも個人に肩入れすることはない。故に私にそのブラフは効かない、霧から抜け出たのは素晴らしいがそれだけだ。私にとってなんの問題もない」
「本当にそう思いますか」
「なんだ、含みのある言い方だね。なんでもやってみた方が良い、万策尽きた人間の心ほど折りやすいものはないのだから」
「分かりました」
扉が開く音がする、それと同時に智慧卿の姿が消えた。これは【白箱】の使用を意味している。
「ごめんなさい、僕は【古代語り】の正式なメンバーになりました。皆さんは快く引き受けてくれました、仲間の為ならいくらでも力を貸すと言ってくれたんです。本当にごめんなさい智慧卿、今からあなたを襲うのは伝説そのものです」
伏し目がちに言うルームは白箱の中で行われる戦闘のことを思って黙祷を捧げた。いかに智慧卿と言えど【古代語り】のメンバー3人がかりで来られたのならば為す術もないだろう。ちなみにもっちゃんは現在ベヒーモスの妨害を阻止するために兄妹で積もりに積もった話をしている。
「はははははははは!!! やってくれたな!! これはどういう罠だ!! 私は移動し、そして目の前には【骸龍】に【超人機人】、【國造】ときたか!! これには驚きだ、面白い!! 私は興味がある、あの少年がどうやって君たちの協力を取り付けたのか、そしてどうやって私をここに放り込んだのか!! ああ、なんて素晴らしい!! あの少年を研究のピースとしてしか見ていなかった私の敗北だ、ああ、なんて愉快なんだ」
智慧卿の目の前には彼の言葉通り、龍としての姿になっているスカーナ、戦闘用装備を全て展開させたプロト、最大の大きさまでになったダイダラが居た。
「ルームは私達【古代語り】の正式な仲間となった、これ以上害すると言うのならこのまま消し飛ばします」
「私様の弟分に手を出した、それだけで理由は十分よ。全砲門スタンバイ、いつでも撃てるわ」
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ダイダラは大きくなりすぎたため、何か言っていてもうなり声のようにしか聞こえなくなってしまっている。
「【古代語り】の正式な仲間に? く、くく、くくく、ふはははははははははは!!! そんな手段があったとは!! 思いもしなかった!! こんな古代の化物どもの道楽に【寄生】を持っただけの人間が入り込んだと言うのか!! あはははははははははははは!!! 面白すぎるぞ少年!! ますます欲しくなってしまうじゃないか!!」
目の前に伝説が3人いるにも関わらず智慧卿は大笑いをし続ける。楽しくて楽しくてたまらない子どもように笑っている。
「ひーっ、ひーっ、あー笑った。うん、これで満足だ。この私がすべきことは全部終わったことにしよう。もう良い、消し飛ばしてくれたまえ。そうしないと、またあの少年にちょっかいをかけてしまうぞ?」
それが智慧卿の最後の言葉だった。文字通り跡形も無く智慧卿は消え去った。
「終わった、かな」
ルームは【白箱】の中でとてつもない威力の攻撃が行われたことを感じていた。これで智慧卿に悩まされることもないと思うと少しだけ心が軽くなった、同時に人を1人殺したことの罪悪感もまた感じていた。
「ベヒーモスさんになんて説明しようかな……」
智慧卿と契約しているというベヒーモスがどのような反応をするのか、ルームには想像できなかった。しかしとにかく謝ろうとだけ思っていた。
「わわっ!? お兄待って!!」
「坊主!!」
契約主の消滅を悟ったのかベヒーモスがルームの前に現われた。謝る言葉を探す内にベヒーモスに先手を取られてしまう。
「なんかサトウの野郎が、お前に礼を言って欲しいって言ってんだが。なんかしたか」
「え?」




